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呼び出されたシェフは、見るからに衰弱した様子だった。何日も眠れていないのだろう、目の下にはどす黒いクマ。頬は痩せこけ、袖から覗く手指も肉より骨が目立っている。あんなに美味しそうな料理を作っているとは思えないほど痩せ細った彼は、怯えた様子で地面を見つめていた。
一体どうしたことだろうか。異様な姿にギョッとして、リリアーナは思わずレティシアの顔を伺った。さすがの彼女もきっと驚いただろうと思ったのだ。
しかしその予想は大きく外れ、リリアーナはさらにギョッとしてしまった。そのまま腰を抜かしそうになったが、すんでの所で堪える。全身に嫌な汗をかきながら、リリアーナは彼が地面を見つめていた理由を一瞬で理解した。
レティシアは見たこともないほど恐ろしい形相で、シェフを睨みつけていた。
なにが彼女の気に障ったのだろうか。今日の朝食はいつにも増して美味しそうだったのに。理由は分からないが、彼を突き刺すレティシアの視線は凍りつきそうなほどに冷たい。
レティシアはなにも言わず、浅く息を吸っては吐いてを繰り返している。呼吸が乱れるほどに怒っているのだろうか。怒りを押さえつけているように彼女の肩が上下する。
静寂とはこんなにも重く痛いものだったろうか。
視界がクラクラと揺れるほど、耐え難い空気。永遠に続くのではないかと思われたヒリついた空気を裂いたのは、彼の部下のコックだった。
「も……申し訳ございません……昼食の準備がございますので……」
それを聞いてレティシアはようやく彼から視線を背けた。急に興味を失ったかのように、くるりと背を向け歩き出す。リリアーナは慌てて彼女の後を追いながら、肩越しにシェフの様子を盗み見た。
呼び戻された彼は、フラフラと厨房へ戻って行く所だった。生きる屍のように足を引きずりながら、コックを追って歩いていく。
彼の背中はなんだかとても小さく、まだ小刻みに震えていた。
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