絶対零度の瞳

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 その日、夕食を用意する前にシェフは辞職していった。  周りの使用人たちは引き留めたが、逃げるように屋敷を出て行ったそうだ。彼の部屋にはモンフォルル公爵への感謝と謝罪の手紙だけが残されていた。きっと荷物は既にまとめてあったのだろう。いつでも辞められるように。  決して口には出さなかったが、誰もが思っていた。  まただ、と。  また、「悪魔令嬢」のせいだ、と。  モンフォルル夫妻も残念そうではあったが、逃げたシェフを追うことはしなかった。今日のところは代理のシェフを立て、明日には正式に違うコックがシェフに選ばれるだそうだ。  彼が空けた穴は淡々と埋められ、何事もなく夕食の時間は過ぎていった。できるだけ大ごとにしないように、いつも通り、淡々と。きっとご両親も、誰が彼を追い詰めたのか分かっていらっしゃるのだろう。しかし決して口には出せない。  口に出せば愛娘が「悪魔令嬢」だと認めてしまうことになるから。
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