人生、終わった。

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 それはレティシアが特別大切にしている女の子の人形だった。  彼女と同じブロンド髪に、彼女と同じ青色のガラスの目。今日のドレスはもちろん彼女と同じ深紅のドレス。毎日彼女と同じドレスを着せられ、その辺の庶民より余程いい暮らしをしている、陶器と上等の布で作られた小さなご令嬢。慎ましい微笑みをたたえた精巧なその人形の顔面には────  言い逃れができないほど綺麗な縦線が入っていた。  リリアーナがグッと力を込めてくっつけているから辛うじてヒビが入っただけのように見えないこともなかったが、手を離せば右のお顔と左のお顔がさようならしてしまうだろう。  短い人生だったわ。ああ、かわいそうなリリアーナ。いやまだ死ぬと決まった訳ではないけれど、生きているよりも死んだ方がマシかもしれない。なにせこの人形の持ち主は、レティシア・モンフォルル様なのだから。  モンフォルル公爵のひとり娘、レティシア・モンフォルル嬢と言えばこの辺りでは誰もが知っている。  もちろん悪い意味で。  モンフォルル家は王族にも繋がりのある由緒正しい名家なのだが、蝶よ花よと甘やかされて育ったレティシアは順当にワガママ娘へと成長。  出される食事は美味かろうが不味かろうが全て気に食わない様子で、わざわざコックを呼び出して圧をかけたり、綺麗な髪の侍女に嫉妬して「髪を切れ」と命じて丸刈りにしたり……その苛烈なイジメによって辞めていった使用人は数知れず。特に気に食わない者は辞させるだけでは飽きたらず、首をはねてしまうのだという。  あまりに凶悪なその噂たちは瞬く間に世間へと広まって、社交界でのお披露目もまだだというのに、清々しいほど悪い噂が絶えない「悪魔令嬢」。  それがレティシア・モンフォルル嬢なのだ。
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