いざ、決戦の舞台へ。

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 ふ、と一瞬だけヘレナの視線がこちらの方へ向く。ほんの一瞬だったが、彼女の目が鋭くレティシアのことを射抜いたような気がして、リリアーナはレティシアの表情を盗み見た。  レティシアは当然、ヘレナの視線に気づいた様子もなく、明後日の方を見つめていた。事前にリリアーナから教わった、周囲の人間は皆だと思い込む方法を試しているらしい。  頬紅や口紅のお陰で随分と顔色がよく見えるが、リリアーナには分かる。今のレティシアは立っているだけで精一杯だ。これは早々に舞踏会から抜け出さねば。  婚約発表の挨拶が終わると、ホールが盛大な拍手の音に包まれる。エデンガード王の言葉を合図に、音楽隊たちはそれぞれの楽器を構え、指揮者は長い長い針のような指揮棒を軽やかに振るった。  華やかな弦楽器の音色で始まったのは、一曲目に相応しい、優雅できらびやかなワルツ。  周囲の男女がパートナーと手を取り合う中、リリアーナはレティシアを連れ、なるべく目立たないように、ゆっくりとその場を離れる。レティシアが踊るのはもう少し後の曲。ふたりで何度も練習した「庭園のワルツ」。  掬い取った手から、支えた腰から、レティシアの身体の震えが伝わってくる。リリアーナは彼女を勇気づけるように、冷えた指先をギュッと握った。  聳え立つ山を目の前にすると、足がすくみそうになるけれど、レティシアもリリアーナもひとりではない。変わりたいというレティシアの思い。守りたいというリリアーナの決意。それぞれの思いが交差して、己を、互いを、奮い立たせる。  ダンスホールを離れ、目的地は城内の、奥の奥。誰もが見落としてしまうような小さな応接室。緊張で顔を強張らせながらも、ふたりはその歩みを止めることはなかった。
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