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小さな応接室に響き渡る、唐突なノックの音。そして聞き慣れない男の声。
「レティシア様、いらっしゃいますよね」
飛び起きたレティシアは、肘掛けの隅に身を寄せてできる限り小さくなった。知らない男が、再び扉の向こうから「レティシア様」と呼びかけてくる。ガタガタと震え出した身体を抱きしめながら、レティシアは必死に頭を働かせた。
知らない人。どうして。どうしましょう。
部屋にあるのは肘掛けにローテーブルに、燭台と花瓶が置かれたサイドテーブルだけ。こんな必要最低限の物しか置かれていない小さな応接室では、隠れる場所もない。リリアーナはさっき出て行ったばかり。戻って来るにはまだ時間がかかる。
「失礼しますよ、レティシア様」
無情にも開かれる扉。もう、自分でどうにかするしかない。レティシアは恐怖に震えながらギュッと目を瞑った。
「レティシア様、探しましたよ」
ズカズカと部屋へ入ってきた男は、困ったように首を傾げる。レティシアが薄目で男の顔をチラリと伺うと、彼はギョッとしたような顔になってわずかに後ずさった。レティシアの薄目の顔が人を殺さんばかりの表情だったためだが、彼女は当然そんなことを知る由はない。
レティシアはあまりの恐怖に眩暈を覚えていた。顔を見たが、やはり知らない男だ。どこにでもいそうな、茶色の髪に茶色の瞳。痩せ型でどこか不健康そうな顔。知らない。こんな男は知らない。
「ノア王子がお待ちです。さあ、こちらへ」
そう言って伸ばされた手は、レティシアの腕を掴んだ。恐怖と嫌悪で全身が総毛立つ。振り払おうとして反射的に身体が動くが、男の手はレティシアの細腕を掴んで離さない。痩せているとはいえやはり男。力の差は歴然だった。
ノア王子が、呼んでいる? どうして、わたくしを? 知らない男の人。怖い。リリアーナに会いたい。どうして、こんな乱暴をするの。やめて。離して。怖い、怖い、怖い……!
錯乱する思考の中で一際大きく膨れ上がった恐怖は、痺れ毒のようにレティシアの全身へ回って、彼女はまともに息をすることすらできなくなっていた。
男はレティシアがずっと黙っていることに苛立った様子で彼女の腕を引っ張った。強引に立ち上がらせ、引きずるようにして彼女を扉の前へと誘導する。
「参りましょう。皆様がお待ちですよ」
そう言うと、男は、応接室のドアノブをギイ、と回した。
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