転がり落ちるように、最悪。

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 「あ……」  レティシアはハッとした。自分の婚約者が、目の前で別の女を抱きしめているなんて、決して愉快な光景ではないだろう。けれど、身体に力が入らない。立ち上がろうとしても膝が折れてしまって、余計にもたれかかってしまう。  せめて言わなければ。この無礼をお詫びしなくては。  「……レティシア様、ですわよね」  先に口を開いたのはヘレナだった。彼女は氷のような冷たい視線でレティシアを見やると、淡々と言葉を続けた。  「いつまでそうしているおつもりなのかしら。ノア様がわたくしの婚約者だということ、知らないはずがありませんわよね?」  口調は淡々としていたが、それが逆に言葉の裏に押し込められた激情を物語っていた。青い炎のように、静かに、彼女が怒っているのは明白だった。  レティシアは頭の中で必死に弁明した。もちろん、あなたの婚約者様だということは存じております。でも今は身体に力が入らなくて動けないのです。お許しください。  もちろん頭で考えているだけでは伝わらないから意味がない。沈黙しているレティシアに対してヘレナはさらに目つきを鋭くさせる。  伝えたい言葉はもうある。あとは声にするだけ。もちろん、あなたの婚約者様だということは存じております。もちろん、あなたの婚約者様だということは存じております。大丈夫、おかしくない、言える。
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