転がり落ちるように、最悪。

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 「あ……あなたの婚約者様だと……」  ああ、ダメだわあ~……。  レティシアは泣きそうになりながら、自分の情けなさを憂いた。声を発した瞬間集まった視線が恐ろしくて、完全に喉が詰まってしまった。声が出ない。涙を堪えようと眉間に皺を寄せると、ヘレナの周りにいた誰かがヒッ、と声を上げた。  仕方がない。無礼は承知で、最低限の弁明と、謝罪の言葉だけでも伝えなければ。もちろん分かっているのですわたくしも。でも、でも、動けないのです。お許しください……そう、頑張ってレティシア、言えるわ。  思考をフル回転させたレティシアがこの言葉を思いつくまでほんの数秒。自身を奮い立たせながら彼女は、もう一度声を振り絞った。  「でも、……」  レティシアが声にできたのは先程よりも圧倒的に短いたったの2文字。シミュレーションでは完璧だったのだが、完全に閉じ切ってしまった喉をこじ開けるのは難しかったようだ。レティシアは必死に涙を堪えながら現実逃避していた。もう嫌だ、早く自分の部屋のフカフカのベッドに帰りたい。  一方でヘレナは呆然としていた。レティシアが言い放った言葉が衝撃的すぎて、怒りを通り越して呆けてしまったのだ。レティシアが言いたかった言葉は全く違うが、ヘレナが聞いた言葉はこうだ。  「……あなたの婚約者様だとでも?」  ヘレナにはレティシアがそう言ったように聞こえていた。聞こえていた、というかそのままそう言ったのだが、本当の意味は違うだなんて、その場にいる誰にも想像できなかっただろう。  もちろんヘレナも、そのまま言葉通りの意味を受け取っていた。  「わたくしの婚約者ではない……? まさかとは思うけれど……ノア様あなたのものだと……そう仰りたいの……?」  ヘレナがとんでもない勘違いをしていることに気づいたレティシアは、慌てて否定しようとしたがどれだけ振り絞っても、もう声は出ない。  レティシアの困惑と焦燥のはいつもの絶対零度の表情となって表れ、周囲の人々も、ヘレナも、それを宣戦布告と取った。  大きくなる人々の騒めき。ヘレナはその騒めきに負けないくらいに声を荒げ、レティシアを糾弾した。  「いくらあなたがモンフォルル家のご息女といっても、こんなこと……!」  もう、おしまいだわ……上手くいっていたのに、どうしてこんなことに。お父様、お母様、そして、リリアーナ。ごめんなさい。全て台無しにしてしまった。  絶望しているレティシアの耳に、聞き慣れた声が届いた。
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