羽井が好きになった理由

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羽井が好きになった理由

 高校最後のクラス替えで、俺は彼女――羽井と出会った。  他の女子よりワントーン色白な肌と大きな丸い瞳、友達といつも、ころころと楽しげに笑う様子が、まるで人懐っこいミニチュアダックスのような子だった。  クラスメイトなら大抵、  「いい子だよね」  と嫌味なく評価するような、人当たりの良く悪目立ちしない女の子。  ただ遠目で「可愛いなー」と眺めているだけだった俺の心境に変化が生じたのは、ゴールデンウィーク直前、移動教室の時だ。 「新田君。ちょっと聞きたいこと、あるんだけど」  廊下で呼び止められ立ち止まると、彼女がそっと近づいて話しかけてきた。  小柄な体から、ふわりと石鹸と甘酸っぱさが混ざった甘い香りが漂う。 「三原君と仲いいよね、新田君」 「え、ああ。あいつがどうしたの」 「なんで、彼女と別れたのか、理由知らないかな」  彼女は少し困った風に笑い、小首を傾げる。 「元カノとわたし、友達なんだけどね。その子が、どうしても振られた理由が判らないって荒れてて。お願いだから新田君に聞いてきてって、泣きながら頼まれちゃって」 「それで、断れなかったんだ」  彼女は眉尻を下げて頷く。  確かに、俺は三原が元カノを振った理由を知っていた。  ごくごく些細な、価値観の相違だ。話しても構わない程度の理由だけれど、わざわざ友達に探りを入れされる元カノの性格に、俺は不快さを感じた。 「俺が言っちゃだめだよ。その子が直接、三原に聞いたほうがいい」  丸い瞳がきょとんと見開く。  まずかったか。  思った瞬間、彼女は好意をにじませた笑みを浮かべ、桃色の唇をにっこりと笑んでみせた。 「口、固いんだね」 「え」  笑顔の真意が読めず、俺はぎこちなくなる。 「あ、まあ。友達だし」 「わたし、そういうのすごくいいと思う」  あの子に伝えておくね。  彼女は言い残すと、スカートのプリーツを翻していった。石鹸に甘さの混じった残り香が、ふわりと通り抜けていく。  答えなかった俺の気持ちを、彼女は甘い微笑みで理解してくれた。  この子は可愛いだけじゃない――そう感じた瞬間、俺の中で彼女が特別な存在になっていた。 ---  制服には恋が必要だ。  セーラー服の彼女を自転車の後ろにのっけて、坂道をゆっくりゆっくり下っていくような思い出は、一生で今しか作れない。卒業後に恋愛のチャンスがあっても、それはもう、制服の恋じゃない。  高校三年の夏休み、部活の引退試合も迎え、大学受験に向けて受験戦争の勢いが増し始めるこの季節。色恋に疎い俺が気づくほど、目に見えてカップルが増え始めた。  親や教師は眉をひそめるだろうが、蝉よろしく焦って恋する気持ちは止められるもんじゃない。  彼女は夏休み、自習室で毎日休まず、朝から夜七時まで勉強していた。  俺もできるだけ早くから学校に向かい、彼女を眺められる席を陣取り勉強に励んだ。  始めはただ、白いセーラー服の背中を視界に入れられるだけでよかった。  けれど連日上がり続ける気温と、恋の匂いにあてられて、とても見ているだけじゃ足りなくなっていく。  渇望がピークに達した真夏日の今日、半ば記念めいた思いで告白したの結果が、これだ。
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