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逃避行
俺はドアをのぞき込む。
まっすぐに伸びた廊下の向こう、フローリングに立つ白いセーラー服の姿が見えた。
「……!」
羽井は父親と向かい合っている様子だったが、相手の姿は見えない。
その時。
ガシャーン!!
大きな音を立て、どんぶりが彼女に向かって投げつけられる。
彼女は反射的に飛び退いた。
直撃はしなかったものの、スカートに汁が飛んだ。
散った食べ物にぞっとする。
彼女は脅えた様子で、じりじりと廊下へ後ずさった。
脅えきったその表情に、俺の冷えた肝が、かっと熱くなるのを感じた。
「失礼します!」
ありったけの大声を出して、俺は玄関を突破する。
部屋に駆け上がってきた俺に驚いた目を向けた彼女の手を引っ張り、振り返らず逃げた。
エレベーターに乗り込み、閉まるボタンを押す。
一寸遅れて男が追いかけてくる。
エレベーターの窓に張り付いたのは、赤黒い顔をした鬼だった。
一階に到着するなり俺は飛び出し、自転車に乗って彼女を呼んだ。
「話はいいから、乗って!」
何か言いたげな彼女を強引に自転車の後ろに乗せ、俺は裸足でペダルを踏んだ。目いっぱい漕いでいると、肩に掴まった彼女が大きな声を出す。
「車で追いかけてきたみたい」
「了解!」
俺は細い住宅街の道に向かう。
一方通行の細い路地を感覚だけで進み、ジェットコースター並に急な坂道に出た。坂を下り落ちる一本道だ。
俺は背中の羽井に叫んだ。
「つかまって!」
ゆっくりなんてくだっていられない。
ブレーキなしに坂に突入する。
風で髪が逆立つ。
神経が研ぎ澄まされ、全ての音が消えた。
彼女が背中にしがみつく。
ぎゅっとした体温に、勇気が震えた。
無事に坂道を降りきり、ドリフトをする勢いで一気に公園まで飛ばした。
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