一生忘れない

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一生忘れない

 公園で自転車を降りると同時、足の裏の痛みを感じた。  ドクンドクンと早鐘を打つ動悸を感じながら、俺は地べたに大の字に倒れる。  木々に切り取られた空は目に痛いほどまぶしく、どこまでも吸い込まれる青色をしていた。  瞳を閉じると、今度は地面に沈みそうな心地がした。 「大丈夫?」  額に冷たいものが触れる。  彼女が濡らしたハンカチを押し当ててくれていた。 「羽井こそ!!」  俺は跳ね起き、真っ先に彼女の足を確認した。 「足は? 火傷してない?」 「平気よ」 「痛くなくても、一応冷やしたほうがいいって」 「……カホゴ」  俺は彼女を引っ張り、水飲み場の蛇口を開く。  スカートをめくって膝を冷やす足の白さに見とれていると、彼女は小さく苦笑した。 「スケベ」 「や、火傷になってないか気になっただけだから」  言い訳しつつ、俺も砂だらけの足を洗う。  足の裏はペダルの型がついて赤くなっていた。 「あのね、父の計画のことだけどさ」  水しぶきに視線を落としながら彼女は口を開く。  何を言われるのかと、俺は思わず身構える。 「する気、なくなっちゃってた」 「え、」 「準備してたら、なんだか、ばからしくなっちゃって」  彼女は少し拗ねた口調で続けた。 「新田君にとって、あたしのキスは大事なんでしょ」 「当たり前だよ」  即答したところで、彼女の顔が近づいた。  どちらからともなく、俺たちは唇を合わせていた。  蛇口から溢れる水が、俺たちの裸足を勢いよく濡らす。  車の音が通り過ぎるまで、俺たちは唇の柔らかさと鼓動だけを感じた。 「一生忘れない?」 俺が言った言葉を、彼女は試すようにささやいて見上げる。 「忘れない」  腕の中、彼女ははにかんで笑った。  日差しに溶けてしまいそうな輝きに吸い寄せられ、俺は額に唇をつけた。  ぴりぴりとしたキスの余韻に、甘酸っぱい汗の味が混じる。  セーラー服の肩に顔を埋めながら瞳を閉じる。  胸の奥がじんとする。  幸せだった。 「あ、」  彼女が声をあげる。 「どうしたの」  場にそぐわない真っ青な顔で、彼女は俺の後ろを見て叫ぶ。 「逃げて!」  反射的に振り返った俺の目前に、赤黒いの形相の残像が横切る。  ガツン。  視界がぶれる感覚、地べたに打ち付けられる衝撃、痛み。  俺の意識は途切れ、彼女の声が遠くなった。
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