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その店で、堀さんは大抵いつもカウンターの一番奥で一人、ウィスキーをロックで飲んでいる。
俺や、他に誰かを誘うこともあるんだろうけど、基本的には一人で飲みたい時にここで特に何をするでもなく、そうしているらしく。
隣に座り、同じものを注文すると、バーテンダーが黙ったままグラスを置いた。
「あー、とりあえず、おつ」堀さんが言って、グラスを軽く持ち上げる。
一口飲むと、「話、聞きますよ」と促す。
付き合いも長いから、前置きにダラダラ用もなく話すなんてことはない。
「うん」
けれど、この状況下で珍しく口が重いらしい。
ほんとに、何か重要なこと?
「志麻ちゃんさ、その。なんか、付き合ってるコ、いるって聞いたんだけど、ほんと?」
早っ! つーか、何? 那須、戸波ってそんな話するくらい堀さんと親しかったっけ?
「あー……まあ、うん。ちょっと前から」
驚きはしたけど、別に隠してるわけでもないから、素直に答える。
「で、結婚とかは?」
「いや、そりゃないない。結婚願望なんてないし、全然そんなつもりで付き合ってるわけじゃない」
本当に珍しい。こんな、他人の色恋に興味持つタイプの人じゃ、ないハズだから。
「そっかー。じゃ、まあ、うん」
「何? え、まさか堀さん、結婚すんの?」
「しねーわ」
即答されて、ちょっと笑う。
「だろーね」
「なんじゃいそれ」
「堀さん、女の子は食いモンだとしか思ってないっしょ?」
「んなことあるか」
「でも真剣に一人のコに絞ったこと、なくね?」
「うっせーな。志麻ちゃんみたいにモテねんだから、来てくれるコみんな美味しく頂かないともったいねーだろ」
「うっわー、さいてー」
くふくふ笑って、グラスに口を付ける。
「だから、そーゆーこと言ってんじゃなくてさ」
「何? 俺が結婚したら何かまずいことでもあんの?」
「まずいっつーか。あんまし、強く言えなくなる」
また、口ごもった。
何だろう?
いつだってふにゃふにゃ笑って、周囲のこと後ろから見守ってるだけの人で。そんななのに、いざって時には誰よりも強くて絶対に身を挺して身内守ろうとするから。
こんな、何かに迷ってる感じなのは、ちょっと見たことないくらい珍しい。
「俺さ。今度……近々。独立するつもりなんだ」
暫く黙った後、口を開いた堀さんが、そう、言った。
ちょっと……じゃねーな。かなり、衝撃的な、発言。
冗談だと、思えるような雰囲気じゃ、ない。
カタっ苦しいのおいら、きらいなんだよ。って。
いつだってへらへらしてるから、こんな真面目な顔でふざけた発言なんて、絶対にしないから。
本気で言ってるって、がつんと響いた。
「あ、ちゃんと円満だよ? 社長ともずっと話してたし、どっちかっつーと背中押してくれたの、社長だしさ」
「そ……れは。まあ……堀さんがウチの会社に砂蹴散らしてくような人間じゃないって、俺もわかってるけど」
「うん、ありがと。ここまでやってこれたの、会社のおかげっつーか、社長のおかげって、俺も思う」
うちのチームが編成されたのが三年前で、堀さんがそのちょっと前から手掛けてる仕事とかって、どれもこれも今のうちの会社の代表的な企画になってて。
堀さんが、うちのチーム起ち上げたのだって、もう殆どうちのチームだけ会社から独立したような状態でやってけるくらい、社長が認めたからで。そんくらい、堀さんがデカい人ってのは、知ってるつもりだったけど。
「で。さ。コレ、社長以外で話すの、志麻ちゃんが初めてなんだよね」
「……」
あ、どう返していいか、わかんね。
嬉しいのか? いや、違うな。怖いのか? その言葉の意味することが。
一瞬、ぞわっと鳥肌が立った。
「怖くは、ないんだよ。俺……でも、一人じゃやっぱ……くっそ、言いたかねーけど、やっぱ、こえーんだよ」
一人じゃ、怖い。
だから。
「そう。だから、さ。志麻ちゃんに、ついてきて欲しい」
ぞわぞわ、が全身にぶわっと広がる。
「ほんとのトコ、本気の本音はさ、五人でやりたいんだよ。でも、さすがにそれは絶対まだ無理で。俺も、そこまでの責任背負えるくらいの器は持ち合わせてねーって、わかってっから」
ぐっと、堀さんがグラスを飲み干した。
「だから。せめて志麻だけは、連れてきたい」
真剣な目で、見つめられる。
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