蛤の欠伸

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ターミナル駅の構内。乗り換え路線の改札と改札を結ぶ通路で朝倉さんとすれ違った。人一人を挟んでいたけれどよく見知った横顔に思わず声をかけていた。 忙しなく行き交う人々と雑踏の喧騒にふと我に帰る。何をしているのだろう。朝倉さんにとっては遠の昔に関係の絶えたただの男子大学生なのに。 感情を顔に出しにくい私は困っていたとしてもあまり気づかれない。学生時代は損をすることもあったけれど社会人になってからは助かることの方が多い。多少嫌なことがあっても顔に出ない。しかし朝倉さんは気遣うような目をして首を傾げた。 「どうかしましたか」 優しい声で訊かれて私は表情を繕うためにゆっくりと瞬きをした。 「大丈夫です。仕事中にお邪魔をしてすみませんでした」 「いいえ。久しぶりに懐かしい顔が見れて嬉しかったです。こちらこそ引き止めて申し訳ありません」 呼び止めたからどうなるとも思っていない。そんな打算などとは無関係に衝動で声をかけた筈だ。だから会釈をして通り過ぎればいい。 ただ少し名残惜しいと思った。五年ぶりに朝倉さんの顔を見たらまだ話をしたいと思ってしまった。 「今日の夜、空いていますか?」 だからそんなふうに朝倉さんに聞かれてついつい肯いていた。予定はない。けれどいきなりまた朝倉さんと二人で会うのかと思うと不安にもなる。 「あなたが良ければですが」 そっと言添えられて思わず大丈夫ですと答えていた。人の感情の動きに敏感な朝倉さんは恐らく私の躊躇いを見抜いた。疚しいことはないのだと証明するように微笑んで肯いた。 「では夜に。連絡先は変わってませんか?」 はい、と答えると連絡しますと頭を下げて朝倉さんは離れていった。背の高い、私と同じくらいの年頃の男性のところへ戻っていく。二人は二言三言、言葉を交わして人混みに紛れていった。 手元の名刺を見下ろしため息をつく。どういう類いかはわからないけれど胸の中に溜まった感情を吐き出すように長く息をついた。 改めて電話番号は訊かれなかった。朝倉さんはまだ私の連絡先を残していたのか。単に消し忘れただけかもしれない。私の携帯電話の中にもとっくに往来の絶えた人の電話番号があったりする。だから多分そういうことなのだろう。 名刺入れに貰ったばかりのものを仕舞い鞄に収める。時間を確認すると二時半前だった。三時から社外の相手との打ち合わせを約束している。急いで帰って支度をしないとな、と頭の中は自然と仕事のことに切り替わっていた。 スーツのポケットから定期入れを取り出すとICカードを改札の読み取り機に翳した。
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