6.ここにいちゃダメですか

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「しないわよ。男の人と暮らすのはもういいわ」 え、そうなの? 「結婚はもうこりごりってわけじゃないのよ。悔いなく添い遂げたから思い残すことないし、もう一度したいとは思わないだけ」 「うーん、それってやっぱり辛いことや大変なことの方が多かったってことじゃないの?」 「アンタがそれ言う? 他人事みたいに」 そうでした。私も母にさんざん世話になってきました。 「そりゃさ、夫が病に倒れて死ぬとかキツいなんてもんじゃなかったわよ。でも私は彼の人生を最前列のど真ん中で最期まで見守ることが出来た。まるで一度男として生まれて死んだみたいよ。いい経験だったけどもう一度やる体力は私には残ってないわ」 そっか。母は父が大好きだったもんね。推しに30年以上密着出来たって考えたら幸せかも。それで一度きりのはずの人生を二度生きた気分になれたってこと? しかも自分とは反対の性で。それは確かに面白いかもって思っていたら、母に抱き締められた。 「あなたのことも見てるわよ。最初から」 「ちょ、やめてよ腰痛いんだから」 「あー、ごめん、ごめん」 母のハグ。日菜ちゃんと違って、骨に抱かれてる感じ。ほんの数ヶ月だけど、また老けたなって思っちゃう。既に一度生きて死んだみたいだという母自身の人生も確実に終わりに近付いていて、そして私もじりじりと坂を下っているのかって、怖くなる。 「というわけで、これからは地元の仲間と助け合って生きていこうと思うの。あなたも母親は元気で遠くにいてくれた方が都合いいみたいだし」 「そんなこと――」
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