9.無理しなくていい

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その映画の撮影は既に始まっていて、夏目涼は翌日にはロケ地に行ってしまった。 その後、彼がオファーに難色を示していたのは拘束だけが理由ではなかったことを冬真くんから電話で聞いた。 「え、じゃあ本当は別の人に来てたオファーなの?」 『うん、そう。そっちに決まってたんだけど、そいつが壊れちゃってさ』 スプリングのメンバーの1人の話。撮影現場に行こうとするとパニックの発作が起こるらしい。 『メンバーが一緒の仕事はメンバーがフォロー出来るけど、単独の仕事は難しいみたい。ほら最初に会った夜、陽が急な仕事で出掛けたでしょ。あれも彼の代わりだよ』 「そうだったんだ。でも今回の代役は桜川さんじゃないのね」 『陽がやるような役じゃないし、忙しくて無理。涼さんだって本当はキツいんだよ。ロケ地から練習や打ち合わせに通ったりしてて、寝る暇ないってぼやいてた』 そうなんだ。毎日メッセージは届くけど、そんな話聞いてない。というか夏目涼は、基本「おはよう」か「お休み」しか送って来ない。誤爆や流出の危険があるから「好き」は「おはよう」で「愛してる」は「お休み」にしようって言われたけど、どうもピンと来ない。それに対して私は「今日も1日頑張りましょう」か「お疲れ様でした」と可愛いスタンプで返事している。 電話は掛けてこない。 だって声なんて聞いたら会いたくなるだろって。 ちょっと可愛いと思ってしまった。 でもそれが「好き」なのかって聞かれたら唸ってしまうし、「愛してる」はまだ全然かも。考えることじゃないんだろうけれど、つい考えてしまって、益々わからなくなる。
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