9.無理しなくていい

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「川で溺れている所を助けられたんだ」 彼を発見した時、父は普通の大人がするような警察や消防への通報はせず、いきなり助けに飛び込んで来て、助けた後の病院搬送もしなかったという。 「今すぐ家に帰りたいかって聞かれて首振ったら、そうだよなこのまま帰ったら母ちゃんに叱られるもんなって銭湯に連れて行ってくれて、コインランドリーで服も洗って乾かしてくれた」 そして一切説教もせず、代わりに提案されたらしい。 「それにしても怖かったな。このままじゃ俺も水が苦手になりそうだから一緒に克服しようぜって言われてさ」 「それで一緒に釣りに行ったり……」 「ああ。親父さんにはほんと世話になった。社会人になってから偶然会って一緒に飲んだこともある。昔のお礼に奢らせてくださいって言ったら、人生の先輩から受けた恩は後輩に返すもんだって結局奢ってもらっちゃったよ」 うわー、そんな偉そうなこと言って若い子に奢ってたのか。 「……だから日菜ちゃんを助けたの?」 「それもある。昔の自分と重なった」 そこから後藤の告白が始まった。 後藤のお母さんは心を病んでいて、後藤は自分はいない方がいいのではないかと思い詰めていた時期があったらしい。それで自殺するとしたらどんな手段がいいのだろうと考えて、止めたくなったら途中で止められそうで、かつ不慮の事故を装える手段として入水自殺を試してみたのだと、彼は淡々と語り続けた。 「練習のつもりだったんだけど、気がついたら溺れてた」 「それウチの父に……」 「話したよ」 溺れた直後ではなくしばらく経ってから、後藤はそのことをウチの父にだけ話したらしい。そして入水自殺は懲り懲りだけど、まだ時々死んでしまいたい衝動に駆られるとも伝えたという。
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