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すると父は、死にたいとまでは思わなかったけれど、俺も10代の頃はなんで生まれて来ちまったのかとはよく考えていたと答えたそうだ。
「どうせ死ぬのにバカみてーだよなって。でもまあこの年まで生きてきて思うのは、生まれて来たからには生きてる間に出来ることは全部経験してみようってことだ。例えそれが俺もまだ知らない壮絶な痛みや悲しみであってもな。大丈夫だよ、堪えられない程痛くなったり悲しくなったら、体の方が勝手に死ぬから。死にたくないってあがいたってどうせ死ぬんだから、わざわざ手間掛けて多少早めに死ぬ必要ないって」
そして父は死んでしまった。死ぬ時に堪えられない程痛かったのだろうかと考えるとまた涙がこみ上げて来そうになったので、私はムカつくほどヘラヘラ笑った父の顔を思い浮かべながら答えた。
「え……そんなので納得出来た?」
「いや、親父さん自身、言った直後にガキのお前にこんなこと言ってもピンと来ないよなって笑ってたよ。でもその笑ってる親父さんの顔見てたら、なんか落ち着いた」
まさに今私の頭の中にいる親父か。
え、これ落ち着く? 思わず眉を顰めると後藤は言った。
「親父さん、俺が今一番辛いことは、娘に嫌われてることだって言ってたぞ。こんなに一方的な片思いは初めてだって……そうでもなかったみたいだな」
あー、もうダメだ。泣く。
さっき借りなかったタオルを差し出されて、受け取りながら私は後藤を責めた。
「もう、変なこと言わないで。なんで今そんな話……」
「だって一条、新しい命や親子について考えなきゃいけない状況なんじゃないのか?」
後藤は、なんとなく私のお腹の方を見ながら言った。
「まだ決まったわけじゃ……」
「じゃあ調べたら? ウチのトイレ使っていいぞ」
え、今?
結果について相談するべき相手でもない後藤の家で?
でも……ウチで独りで検査するのはちょっと怖いかも。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
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