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えっ、溺れて死にかけたことがあるのに?
「それってあの……もう2度と溺れないように、泳ぎが上手くなりたかったから?」
「それもあるけど、キツい練習してるとあの時のこと思い出すからかな。人生で一番キツかった時の記憶だから、時々思い出しておこうかと思って」
えー、わざわざ!? 驚いていたら、後藤は真っ直ぐ私を見て言った。
「唯一強く生きたいと思った瞬間だったんだ。それにどん底で確かに救われた記憶でもある。最悪で、最高の体験だったんだよ、俺にとって」
ああ、私じゃなくて私に繋がっている父を見てるのか。後藤にとって父は、実の娘の私が感じていたより遙かに大きな存在だったのかもしれない。あのしょーもない男が、後藤にとっては神のような存在だったなんて、ちょっと信じられないけど。
いや、神とか言ってないか。でもじゃあ何だったのかなと考えていたら、後藤に言われた。
「一条って親父さんと似てるな」
――は?
「鼻と口元がそっくり」
ああ、父親の親戚と母親にだけ言われるやつ。そして認めたくないけど若干自覚してるやつ。でも目元が似てないし性格が真逆なので、他人に言われたのは初めてだ。特に嬉しくはないので黙っていたら、後藤は笑顔で続けた。
「親父さん、格好良かったよな」
え……フィルター掛かってない? ていうか、後藤まさか……
多分顰め面をしてしまったら、後藤は溜息をついた。
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