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「親父さん、本当に娘に嫌われてたんだな。あんな人でも嫌われるなら、父親って難しいな」
「いやまあ……ずっと一緒にいると色々ね」
「ああ、親父さんも言ってたよ。きっと親子もたまに会うくらいがいいんだろうなって」
後藤の実のお父さんの顔は記憶にない。でも、お母さんの顔は覚えている。
「私、後藤くんのお母さん好きだよ。綺麗で物静かで。ウチの母はそんなに見た目に気を使わないしお節介だから、ああいうお母さんが良かったなあって思ってた」
「ウチの母と話したことあるのか?」
「挨拶程度だけどね。お庭の花を褒めたらニッコリ微笑んでくれて、その顔が凄く綺麗で……」
黙って肉を焼く後藤の俯いた顔が、少し険しくなった気がして私は話を止めた。これ以上踏み込んだら心を閉じられてしまいそうな気がして。
私も肉を焼いた。
熱くなった鉄板に押しつけてジューッと音をならした。その音に、聞き覚えのある声が重なった。思わず顔を上げたら後藤と目が合って、彼がその名を口に出した。
「桜川陽じゃないよな」
スプリングの新曲が流れていた。だから彼の名前を出したのだろうけれど、何のことだろうと思ったら、今度は後藤がこっちに踏み込んできた。
「この前検査することになった相手」
ああ、妊娠検査の――相手の話!?
「そんなわけないじゃない、なんで――」
「離婚の手続き完了の報告を受けた時に日菜の弟から聞いた。桜川陽が日菜を探していて、隣の家の女性と接触したせいで彼女がトラブルに巻き込まれているようだって。検査で陽性だったら困るみたいだったから、相手が芸能人とかあるかと思って」
正解。でも夏目涼の話はしたくない。
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