9.無理しなくていい

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「桜川さんは一途に日菜ちゃんを思ってるから、私なんて相手にしないわ。日菜ちゃん、もう逃げるの止めて彼と会うって言ってたよ」 「そうか」 そっけなく答えて、後藤は肉を口に入れた。私も肉を食べながら、ぼんやり後藤を眺めていたら、先に肉を呑み込んだ彼が俯いたまま言った。 「日菜は確かに可愛いよ。あんなに可愛い子と出会うことは、もう一生ないと思う。でも俺達の出会いは男女の出会いじゃなかった。一緒に暮らしたからってそれは変わらない。変わったら嫌だろ」 まあ……親切な人だと思ってたのに体が目的だったら確かにドン引きだけど…… 「でも出会った時の彼女は正気じゃなかったわけでしょ? その後、正気になった彼女の方からアプローチがあったんじゃないの? よくそれに耐えられたわね。後藤くんってその……」 「女に興味ないのかって?」 新しい肉を鉄板に押しつけながら尋ねる声は少しイラついているように聞こえた。 「そう思ってるから安心して家に上げたんだな。でも俺、ゲイでも童貞でもないぞ」 ドキッとした。 レアの肉を頬張りながら、後藤は私の胸元を見ていた。 「この前後ろから抱きつかれた時、親父さんが言ってたこと思い出した。遅刻しそうな娘をバイクで駅まで送る時に、たまに背中に胸が当たってドキッとするって」 え、娘の胸でも当たったらドキッとするの? それ普通?  てかそれより―― 「後藤くんも、ドキッとしてくれたの?」 胸の位置まで頭を下げて後藤の顔を覗き込みながら尋ねたら、後藤は少し慌てたように視線を逸らせた。 「ふーん、そうなんだ。あんなに可愛い子と暮らしてて手を出さずにいられるってことは、そういう欲求がまるでないか、変わった性癖なのかと思ってた。ねえ、じゃあ――」 「一条は彼氏いるんだろ?」
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