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今度は私がドキッとした。スプリングの曲が終わって、部屋にはサマーの曲が流れていた。
「外じゃ話せない相談があるのかと思ったから来たけど、そうじゃないなら簡単に誘うなよ」
誘った時の微妙な空気はそういうことだったのか。私はあの時、夏目涼のことなんて全く考えてなかった。
「ごめん、あの……彼氏っていうか付き合ってるのかもって程度の相手だから気にしないで。後藤くんは彼女いるの? いたら彼女に悪かったかな」
「いや。彼女はいない。作る気がない。もう30越えたし、結婚前提じゃない恋愛なんて相手に迷惑だろ」
「ああ……そうだよね、ついこの間まで、後藤くん既婚者――」
「そうじゃなくて最初からだよ。日菜と入籍したのだって、他の女性と入籍することなんて絶対ないからだ」
――え?
「もれなく精神病の母親がついてくる男と、誰が結婚したいんだよ。俺だって発病するかもしれないし、子どもに遺伝するかもしれないんだぞ? 一条、俺の母親が綺麗だって言ったけど、それは薬が効いて調子がいい日に、父がきちんと身支度した姿だよ」
それだけ言うと、後藤は唇を噛みしめて俯いた。
「ごめん、私、何も知らなくて……ごめんね」
こんな話、させちゃいけなかった。それだけで後藤は傷ついたに違いない。自分の無神経さに呆れてしまう。でも後藤はすぐに許してくれた。
「いや。隠してたんだから、知らなくていいんだよ。子どもの頃から母親のこと聞かれる度に話逸らして、ウチに来たいって言われる度に断る言い訳探してきたんだ」
ああ、だからか。
初めて会った日にいきなり私を突き放すようなこと言ったのは、そういうことだったのか。
隣の家の子と仲良くなっちゃったら家を行き来しないの不自然だものねって独りで納得している間に、話は続いた。
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