9.無理しなくていい

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「そういうわけだから、もう2人きりで食事するのは止めよう。俺だって男だし、万が一ってこともある。なんとなくでも付き合ってる男がいるなら、ちゃんと大事にしてやれよ。それとも相手が既婚者とか――」 「ないない、不倫はないよ」 「だったらいいじゃないか。そいつに決めろよ。親父さん、天国で孫楽しみにしてるんじゃないか? オバサンも、孫が出来たら喜んで戻ってくるだろ」 後藤のご両親は、後藤が結婚しても戻って来なかった。薄情だなと思ったけれど、会わないことで後藤を守ろうとしているのかもしれないと考えたら、胸が締め付けられた。 「私が結婚して子ども産んだら、後藤くんも私の子、可愛がってくれる?」 「ええ?」 野菜を噛みながら考えた後、後藤は答えた。 「婿取ってここに住み続ける気か? 隣の家の男が可愛がったりしたら、本当の父親に変質者だと思われるだろ。男の子だって言われるんだぞ」 ああ……え? 「あ、あのさ、ウチの父親って後藤くんにその――」 「は? 自分の父親信じてないのか? 親父さんは変質者なんかじゃなかったよ。俺が本当に辛い時だけ抱き締めてくれたけど、そんなんじゃなかった。だけどそれを見た近所の人にアンタそういう趣味なのかって聞かれたみたいで、変な噂が流れたら仁も傷つくし娘も傷つけるかもしれないから2人で会うのはもう止めようって言われた。嫌だって俺が粘って中学を卒業するまで伸ばして貰ったんだ」 そうだったんだ。 「まあ……もし何処かで溺れてたら助けてやるから安心しろ。子どもも、一条も」 真っ直ぐな目に射貫かれた。 目に見えないけれど確かな矢が、その時私の胸に刺さった。 けれど私が見詰め返すと、後藤は俯いて再びキャベツを食べ始めて、それ以上何も言わなかった。
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