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「私、あなたのファンになりました。だからもう2人きりでは会えません」
もっと驚かれると思ったけれど、夏目涼は冷静だった。冷静に、静かに、彼は答えた。
「その言い方はズルイな。ファンには平等に接するって、あなた前に言ったでしょって言われたら反論出来ないからね」
「でも本当に痛感したのよ。昨日関係者席からアリーナの盛り上がりを見て、今日あなたの大ファンの先輩と話して、ファンと彼女の両立は無理だってハッキリわかったの。だから――」
「彼女じゃなくてファンになるって? 聞いたことないね、普通逆でしょ」
真顔でじっと私を見詰めて、彼は続けた。
「やっぱりアイドルじゃなくて普通の男性と付き合いたいって振られたことならあるよ。堂々とデート出来ないし、友達に紹介することも出来ないのは辛すぎてもう無理って。俺がアイドルだって知らないふりして近付いて来て、付き合ってみたら案外普通の男でがっかりしたって言われたこともあったな」
そんな風に振られてきたんだ。
別れ話は切り出す方も結構辛いなんて考えていたけれど、やっぱり言われる方が何倍も辛いよね。
「でも波美はどっちでもないよね。その職場の先輩に付き合ってるのがバレたら気まずいっていうのはわかるけど、本当にそれが理由なら別の解決策があるだろ。他の部署に異動願い出すとかさ。それでもダメだったら、俺、全部捨てて普通の男になるよ」
勢いで言ったわけではなくて、準備していたように彼はそう言った。
私はそれに答えることが出来なかった。
「って言われても嬉しくないんだ。じゃあもっと単純な理由だろ。付き合ってみたけれど、やっぱり好きになれそうもないって――」
「そんなことな――」
「じゃあ何だよ、他に理由があるならちゃんと教えてくれよ!」
彼は、ドンとテーブルを叩いた手で頭を抱えた。
やっぱり無理なんだね。
お互い傷つかずに別れるなんて。
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