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闇に染まって。
「出てきた出てきた」
僕は彼らの悲鳴を鼓膜いっぱいに聞きとり欣喜した。
男女は裸ん坊のまま車外に飛び出し、時折、後方や周囲を血走った目で確かめながら、電灯明るい道路を挟んだコンビニに飛び込んで行った。
いやはや。真っ裸の男女が街中に出現したものだからパトカーまでやってきて大騒ぎだ。
それを横目に僕は勘付かれないようワンボックスカーの車内に潜入し物色をはじめる。
勿論、物色すると言っても金目の物を漁るわけではない。
男女の行為が真っ最中だった跡地、即ち事後の有様を有り体につぶさに録り記録して、こまめにデータに収めるためだ。
無論。僕がなぜそんな所業に及ぶのか、単なるド変態の生態に関する一考察で済ますつもりは微塵もない。
簡単解説すると、もしも僕が逮捕され、裁判沙汰になった場合に備えた自衛策。
というか、盛大なるイヤガラセ。
要は、こんな風体状態の僕が逮捕されたらどうせ有罪確定なので、それなら裁判をゴネるだけゴネて最高裁まで引き伸ばしつつ、データ化及び記録媒体としての“写真”やらを大量に作成して、それダシに、出汁がらになってもまだ一枚一枚ことあるごとに陳述で挙げ連ねていけば、僕の被害者として更に無駄に聞き及んだものの心に突き刺さるように追い込みをかけてやろう。
当然。僕のこの行為は誠に悍ましく浅ましく、とても褒められたものではないが、そもそも黒く染めた全身タイツに目出し帽を身に纏い人の秘密を覗いて回り、しかもイタズラを仕掛けて喜んでいる時点で人間性を盛大に疑われるゲスの所業ここに極まれりなのだから、今更取り繕ったって仕方が無い。
なので僕は、後部座席を畳んで簡易ベッドと成したシーツの上に散乱した唾液と体液でテラテラ光る各種大人な玩具や散らばるティッシュやらを撮り、痕跡も残さず暗い林の奥へと消えていく。
普通の人がこんな僕の行動を見咎めたら、絶対引くだろうし通報案件だろうが、不埒な悪行三昧に手を染めている自覚は絶賛あるし後悔なんか微塵もしていないのは、興奮と腰と尾てい骨の中間あたりに“ジーン”と来る震えに似た甘い痺れに酔いしれながら、つぎは誰を標的にしようかと候補選びに頭を悩ませた。
僕には親はいない、親戚もいない。
友達もいないし恋人も、気になる女の子もいる訳もない。
ついでに男性に興味がある訳でもない。
そもそも僕に興味を持つ人なんて誰もいなかった。筈だ。
そう自分の立場に思い至った途端、唯一興味が湧いたことは、それならいっそ興味がわかないほど存在感が薄いのなら、もっと掘り下げよう。もっと空気なろう。もっと黒く影にひそもう。
そうすることが趣味であり生き甲斐になった。
「うん?そういや、僕がペタペタ貼り付けた写真は何処に行った?」
最近、逃走用の基地兼通路として利用し出した側溝から目だけをだして、ワンボックスカーを眺めながら独り言ちた。
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