どうやら俺は邪魔らしい

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どうやら俺は邪魔らしい

※性的表現及び暴力描写・残酷描写があるので苦手な方はページを閉じることを推奨します。  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  大勢野郎がいる中で父親の姿を視認できたのは喜ばしい理由からじゃない。  こんな時でも彼女の死を損得勘定でしか考えていなそうな表情をしてる。  オーダーメイドのスーツは打算的な顔にバカみたいに似合っていた。  計算でしか生き死にを考えられないことに関しては何の感慨もない。  幼い頃からその感覚は味わってきていた。  俺のこともとしてしか考えたことがないだろうな。  また何か俺を使った新しい商売を考えたんだろう——過去に向きかけた愚行を無理矢理中断し、現在に戻す。  彼女は額と背中に大怪我をしているよな……?  ってことは、病院で医者に診てもらう必要がある。  だから、この場合は救急車を呼べばいいんだろうか?  と、頭の中で整理する。    多分、考えるよりも前にわかってた。  救急車より霊柩車を呼ぶ方が間違っていないという事実を。  俺も乗ることになりそうだ。  あのゴルフクラブやらを持っているあいつらは何だ?  もう一度、軽く目線だけを左右にやって確認してみる。  彼女に暴行したのはあいつらかあいつらの中の誰かで間違いないだろう。  暴力を受けて当然なのかどうかもわからないし、殺されるような理由があるのかすら思い当たらない。  俺は彼女のことを知らない。  いつかは旅立つものだ、という認識で上書きすることにした。  彼女に恩返しをするほど、俺のために何かしてくれたことがあったとは正直思えない。  自分の安全を確保することが優先順位のトップでいいだろ。  嘯いてでも強がらなきゃ()られる。  そういう直感だけは外れない。  俺が生きてきた中で自分を信じるに足る真実だ。    待ちきれなかったのか、案の定俺に向かって近づいて来たヤツがいた。  見慣れた包丁を振りかざし、俺を——という意思を声に変換しながらやってくる。  彼女に寄るようにしゃがんでいた間抜けな格好をやめて、立ち上がる。  近づいてきたスーツ姿の男が見知らぬ人間なら何も考えずに済んだのかもしれない。  彼女もきっと彼の出世のための何かでしかなかった。  今更憐れんでも遅い。    普段通りなら仕事の虫として会社にいるはず。  だけどここにいてもおかしくないと確信していた。  先陣を切ってやってきたのは、やはりそれは彼だった。  父親と呼ぶのも(おぞ)ましい。 「なあ、。こっちに来てくれないか?」 「いつものようにって言うわりに……その包丁は何?」 「できればこれを使いたくないんだ。いつも私の言うことを聞くじゃないか」 「嫌だといったらどうするつもり?」 「本意では無いがこれを使うだけだ」  こんな時にこの人は何を言ってるんだろう?  三大欲求ってのはどれも同等の欲心じゃないのか?  一つだけが肥大化してるなら笑えてくる。  懇願といった雰囲気を纏いながら周囲を欺くスタイルは変わらず。  彼を悪者扱いする人が少数なのはこういったある意味の人たらしスキルのおかげなんだろう。  俺の声は彼が存在する限り誰にも届かない。  圧力をかけられるのも売り物にされるのも慣れてしまった。  そんな俺だけど、てめぇのために死ぬのはごめんだ。  いつになく反抗的な態度の俺にめざとく感じ取ったんだろうか。  彼が包丁を躊躇(ちゅうちょ)ないモーションで振り上げた手を肩を目掛けて下ろしにかかる。  普段運動なんかしない彼の動作はそれはもう緩やかで。  格闘技なんかの心得がなくても怯みさえしなければ簡単に避けられるものだった……。  手が痛む。  痛みで我を取り戻す。  包丁を避けた後から今までの記憶が飛んでいる……?  俺は彼に馬乗りになって殴っていた。  彼の血なのか涎なのかわからない分泌物に塗れて汚れて、赤い。  殴り続けていたことで俺自身の手も怪我しているみたいだった。  何故か未だに他の奴らは襲ってこない。  それをいいことに殴りながら色々なことを考えた。  今考えるべきは、自分の命を守る方法についてだろうに、暢気(のんき)にものことを振り返っていた。  桜森(さくらもり)家の次男として生まれた俺、桜森幻真(ゲンマ)。  俺は正直家族とか家庭っていうものを知らないんだろうと思う。  家族団欒とかテレビドラマだけの創作だと思ってるところがあるかもしれない。  だからといって恨んでいるかとかいうとよくわからない。  母親である彼女と父親である彼たちのことは、実のところ好きにも嫌いにもなれない。  ただ、俺には大好きで憧れだった兄貴、桜森万里(バンリ)がいる。  だから大丈夫なのかもしれない。  兄貴には到底いえないけど、兄貴が家を出てからおかしな習わしができた。  に毎晩情を通じることを求められいたぶられるようになった。  言葉にすればたった4文字なんだよなーなんて現実逃避癖のついた俺の手に手応え。  彼の頬骨でも陥没したか。  殴る力加減が良かったのか、彼の顔は血にまみれ歪みながらもまだ虫の息で口を開く。 「ひ、ひん……ほはへ、ほれほ……」  何を言おうとしているのかよく聞き取れない。  聞き取る気がないから理解不能なのか。  叩き落としていた包丁を彼はもう一度手に取り、サイドから腹部を狙ってきていた。  客観的な立場に自分を置いてしまった俺は、呆然と見てしまっていた。  実の父親のあまりに情けない姿に、死んでも殺されてもいいとでも思ったのかもしれない。  殴る手は止まっていて、他の奴が近づいてきて、何故か彼にトドメを刺すのを見ていたのだから。  鉈みたいなもので包丁を持ったままの腕を切り落とされるのを、彼に跨ったままの状態で見ていた。  俺が乗っているせいで彼は避けることもできず、片腕を失った。 「———————————————————————!!!」  何か絶叫しているのだろうが、声にはなっていない。  聞いたことはないが超音波みたいだと思った。  彼が暴れに暴れて体が揺らされる。  鉈男に払いのけられ、尻餅をついた。  特等席で彼の頭部に、正確には眼下に鉈が埋まるのが見えた。  目玉が飛び出し、血飛沫が吹き出す。  鉈男は打ち下ろした鉈を抜き、血を払うように鉈を振った。  彼の顔が上下に分かれるように目の下辺りが凹んでいた。  肉が圧し潰され、歯がこぼれている。  もう死ぬのは確定したのだと思った。  俺としては助けられたことになるのだろうか。  声にならない喘ぎ声のような呻きを漏らして、彼の最期を締め括るにしては呆気なく逝った。  『アノ時とは違ってイくのがはやいねぇ。』  もう一人の俺がこの事態を茶化す。  近づこうにも鉈男が彼の横に居続けて……っていうのは言い訳だな。  あんな汚い姿を晒し続けるを自分の父親だとは思うことができなかった。
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