初めて人を殺した日

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初めて人を殺した日

※性的表現及び暴力描写・残酷描写があるので苦手な方はページを閉じることを推奨します。  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー   では、殺人なんてそんな重い罪ではない。  でも俺が言いたいのはそんなことじゃなくて。  あんなクズでも肉親なんだ。  目の前で親を次々死なせて、罪に重さなんて考えていない俺にだって少しは戸惑う。  売り物にされても、性暴力に遭ってようと、俺は……。  俺のことをそれなりにからだと思っていた……!  彼の死は俺を呆けさせるのに十分だったらしく、取り囲まれた。  助けてくれたわけではなかったらしい。  見逃してくれるわけでもないらしく、でもするかのようにぐるっと囲まれつつも一定の距離を取られている。  中心にいる俺は何を望まれている?  後ろの正面は、尻餅をついたままの態勢の俺をどうするのだろうか。  誰かがラジオを掲げたらしく(また旧時代的なものを)、頭上から天の啓示みたいに雑音が降り注ぐ。  ザー……ジジジッ——。  ノイズだけだったラジオの音がどんどん鮮明になり、威圧感のある男性のといった感じの声が聞こえ出した。 「……ザ……ザ……身長一七六(176)センチメートル、体重五八(58)キログラム、体格は良い方ではない、髪の色は……ザ……ザ……金髪、髪の長さは左右で違い、右側は目測で二◯(20)センチメートル、品のないパンク小僧のような、……ザ……ザ……」 ————ちょっと待て、これって———— 「下唇に縦に傷跡あり、目は一重、左の目が水色……ザ……年齢は一七(17)歳。このような……ザ……ザ……を見つけ次第、政府に差し出したものには多額の賞金を払う。……ザ……ザ……五◯(50)年分の給料と言えばお前たちにも理解できるであろう。繰り返す……ザ……ザ……名前は桜森幻真(さくらもりげんま)、身長一七六(176)センチ——」  おいおいおい、なんでだ?!  俺を捕まえたところで何があるっていうんだ!!?  俺の頭の回転は相当鈍っている。  何しろ悠長に聞き入っていたのだから。  「最後に……ザ……死なない程度なら負傷させても構わない。尚、殺してしまった場合は二四(24)時間以内に差し出す……ザ……ザ……状態が良ければ報酬を差し引くことは控えよう。成る可く(なるべく)生かしたまま政府に差し出せ……ザ……ザ……プツン」  なんだと?  これはどういうことなんだ?  今日はエイプリルフールか?  エイプリルフールで殺人が起きたりしてたらやってらんないだろ。  ってことはハロウィンか?  いや、まだゾンビとは出くわしていない。  嘘ぶって虚勢を張ることで俺は多少立ち直ってきていた。  彼女が逃げろと言っていた理由に合点がいく。  この放送を彼女は聞いたのだろう。  そして危険を知らせようとしてくれた。  俺の居場所を賞金稼ぎに無意識に周知させながら。  彼とグルだと思っていた集団が彼を殺したのは、報酬が減るのが嫌だったから……か?  てっきり父親がリーダーだと思っていたが……?  ラジオの内容を聞くために俺は思わず立ち上がっていたらしい。  目線が交差し、焦点が合う。  わざとらしくラジオを掲げていた男が口を開く。  正面から見据える。 「……と、言うわけだからさ。大人しく捕まってくれないかな? 。」 「俺の名前を気軽に呼ぶなよ!」  逃げるわけじゃない。  男に背を向けるように振り返り、駆け出した。  俺は探した。  それはすぐに見つかる。  捕まえよう、というより武器もただ手に掲げているだけ。  ただ突っ立っているようにしか見えない三人の内の二人に狙いを定めて。  左側の横っ面を殴り、右側には腕を上げて肘を水平に顔面に打ち込んだ。  奇襲攻撃は成功し、思惑通りわずかな恐怖と混乱が伝播した。  鼻を押さえて血を滴らせている男を横目に、もう一人に思い切り頭突きをお見舞いする。  よろけたところに膝蹴りを入れ、他の奴にぶつけるために手で払い押した。  目当てだった得物に近づく。  母親だったものの背中から左手で小刀を逆手で抜き取った。  彼女の背中からどぷっと血が溢れる。  手には柔らかく硬いような独特の感触が残った。  だが不思議とだった。  名前で俺を呼んだ友達にはなりたくないタイプの野郎が、俺を追いかけようとしている。  視界に野郎を捉えた。  相手の勢いを利用するように額に突き刺す。  これまた悪くない手応えだった。  開いた箇所から赤黒い血がとろとろと流れ出した。  目は完全に白目を剥いている。  失禁もしているようで床に水溜りができ始めた。    小刀を抜こうとしてみるが肉か骨に阻まれるのか抜けず諦めることにした。  他人の死に痛みを覚える余裕がなくなっているのを、俺は遠いところから自覚する。  殺さなきゃ殺される。  そんなサバイバル精神。  スウェット姿の奴もスーツの奴も十人ぐらいが「ひぃっ」と情けなく呻いて逃げていく。  壁が認識できないのか壁にぶつかり続ける奴、足がもつれるのか転倒を繰り返す奴。  ドアノブをガチャガチャいわせて「開かねぇ、開かんぇ!」と叫んでる奴もいる。  この様子じゃ。  俺も含めて楽観的な奴らだ、と敵の不甲斐なさを見て少し冷静さを取り戻していた。  こいつもバカだよなぁ。  俺をって呼ばなきゃ殺されずに済んだかもしれないのに。  名前で呼んでいいのは、兄貴とその他数名だけ。  この時、こいつを殺さなければ。  いや、人を殺すことに躊躇していない自分の危うさが解っていれば……。  まだ後戻りできたかもしれないことを知るのは、ずっと先のことだった。
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