茶番の始まり

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茶番の始まり

※性的表現及び暴力描写・残酷描写があるので苦手な方はページを閉じることを推奨します。  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー   改めて周りを見る。  放心したように立ち尽くし股間を濡らしている奴や得物を前に出して威嚇しているつもりの奴、相談をしていそうなグループ。  さらに十人ぐらいが逃げていたらしく、残っているのも十人程度になっていた。  俺が反撃に出たことで即席のチームに綻びができたか?  もしくは自分も命を賭けなきゃいけないことにやっと気づいたんじゃないか?  そんな風に思う俺がいた。  攻撃を仕掛けてこないのにどうして留まっているのかわからない。  遠巻きに俺を見ているようには見える。  ほとんどスーツ姿の奴らしかいない。  彼の同僚だろうか。  距離があることで奴らがどういう作戦を立てているのか空気感があまり伝わってこない。  膠着(こうちゃく)状態のまま時間が過ぎていくのかと思いきや。  スーツ姿の中に見慣れてしまった人物がいるのを見つけた。  向こうはまだ俺が視認したことには気づいていないらしい。  あれは彼のじゃないのか。  今までいることに気づかなかったことが不思議だ。  自分では冷静さを取り戻していると思っていたが、この現勢やら現状やらに動揺しているのかもしれない。  彼の友人たちは他の奴らに指示を出しているように見えた。  気のせいかもしれないが。  一人と目が遭う。  相手は目線を一瞬泳がせた後、俺に笑顔を向けた。  不細工な笑顔だった。  近くにいた連れと話しながらこちらへ近づいてこようとしている。  武器として持参していたらしいゴルフクラブを後ろ手に持っているようだった。  それを食器棚の影に隠したのを俺は見ていた。  気づかれているとは思っていないらしい。  やはり楽天的な奴らばかりだ。  一人はスーツの上着を手に持ち、テカリ顔に脂汗を浮かせている。  大きな腹に押されたポロシャツのボタンに悲鳴をあげさせている、確か年齢は50代後半あたりの男。  もう一人は学生時代のあだ名はきっとだろうと思わせる同じくスーツ姿の眼鏡男。 「懐かしいなぁ、げんくんじゃないか!」 「ああ、久しぶりだなぁ」  自称インテリといった眼鏡男は、上手く演技して騙せたとでも思っているのかドヤ顔だった。  今の今起きた殺しや彼女たちの死なんて見ていなかったかのように。  演技が上手いと錯覚させたのは俺なんだろ?  白々しいんだよ。  彼から俺をじゃないか。  知ってんだぜ。  真っ暗なのをいいことに代わる代わる俺を犯していたことなんてな。  いつも耳栓とアイマスクを要求されて装着しているからってわからないと思ったら大間違いだ。  意外に耳栓をしていても聞こえる音っていうのはあるんだよ。  内緒話になんて全然なっていない。  楽しすぎて鼻血が出そうだ。 「何年ぶりになるかわからないが、おじさんたちが一緒にいてあげようか? 子供の頃はよく一緒に寝たもんだ。それにあいつに聞いたところ、ほとんど一人暮らしの状態だというじゃないか。何かと世間は物騒だ。一人じゃあ心細いだろうと思ってね。こんなに大きくなったげんくんに言うことじゃないかもしれないが」  自分の言ったことが面白かったらしく、豪快に笑っている。  笑いながら眼鏡男がいかにも名案だと自分で自分に頷いている。  どうやら俺は逆らえない、従わざるを得ないと考えているらしい。  異論は出ないだろうといった圧を感じる。  男たちの言葉が絶対だと。  だからただ俺とこいつらとは偶然再会したに過ぎないと。  バカバカしい。  お前らといる方がよっぽど心細いぜ、はははっ。  それにどういう意味のだよ? 「おじさんも一緒にいてあげるから安心しなさい」  話に乗っかってくるテカリ顔男がいやらしい涎を拭ったのを見逃さなかった。  この二人と話している最中は空気が張り詰めたままながらも弛緩しているように感じる。  そもそも俺は隙だらけなんだから襲うチャンスだと思うが。  金属バットやゴルフクラブを持ったままなのは相変わらずだが、さっきと違って殺気がないように思う。  ただ突っ立ったまま何かを待っているように見える。  全員が何かの時間稼ぎをしている……?  薄気味悪さを感じるも俺ができることは限られている。  ふう。おっさんたちのお望み通り、あんたらの望むを演じてやるよ。  そもそも猫被りの俺しか知らないだろうけど。  だが、まずは一言ぶっこみたい。  さっきの殺人をなかったことにしているが、政府の放送の一件についておっさんたちの反応を見たい。  おそらく話を合わせてくるに違いない。 「……政府の放送で言っていたお金目当てですか? ……僕が暴れないように殺してから政府に渡すんでしょ……?」  我ながら上手いもんだ。  声色を変えて、女の子のように目を潤ませて、おっさんたちにとってのイイコを演じる。  というか、自分でも思うが別人だな。  反吐が出る。  『男の子は十三の顔を持っているものなのよ』 「違う違う」 「そうだとしてもおじさんたちは君を殺せないよ。あいつの大事な息子なんだから」  慌てた様子で(かぶり)を振る。  弁解はするだろうなと思っていた。  大事な息子?  そんな殊勝なことをいうような彼じゃないだろうと違和感が酷い。  大事ってああ、そういうことか。  売り物でありヌク場所を逃げた奥さんに代わって提供してくれてるわけだもんね、そりゃ大事だわ。  と、心の中で嘲笑おうとするが上手くいかなかった。  本当にどこまで本気でどこまでが演技なんだか。  偽りのペルソナを使い分ける俺でもわからなくなってくる。  わざと震えて俯いていた俺は、喜びを表すようにとびきりの笑顔を振り撒く。 「よかった! おじさんたちまで金の亡者になっちゃったのかと思ったから。疑ってごめんなさい」 「いやいや、そう思ってしまうのも仕方ない。げんくんの気持ちはわかるつもりだよ」  あはは、と(わら)ったテカリ顔に俺は頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。  気持ちが悪く不愉快だ。  眼鏡男は眼鏡男でまだ残っていた刺客(?)に話しかけている。 「——君たちもこんないたいけな少年を狙うなんてどうかしているとは思わないか」  リビングでの惨状を見ろとばかりに大袈裟に手を広げている。  膝を折って頭から床に突っ伏し血溜まりを作る彼女(ははおや)だったもの。  顔の原型が変わってしまい見る影もない(ちちおや)だったもの。  血に塗れた俺。  すっと惚けたまま話を進行させるのかと思ったら、一応は現実を直視したようなことを言い始めた。  報奨金目当てか、体目当てかのどちらかだとばかり考えていた俺は困惑する。  理解できない傍白だと思った。
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