#010 でもひとりだけ

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#010 でもひとりだけ

 前回、私の小説にはモデルは存在しないと書きました。でも、ひとりだけモデルが存在します。といっても直接話したこともない人。ただ見かけて心を動かされただけの人です。  それはさかのぼること四年前、夏休みのことでした。私は当時小学三年生だった息子とふたりで遠出をしました。大阪から静岡まで。  母子だけで静岡まで遠出した経緯についてはプライベートなために割愛しますが(念のため、夫婦仲はいいですよ)、富士山のふもとで車中泊をして翌日はなぜか下田まで遠征したりと楽しく過ごしました。日づけが変わる前に目が覚めてしまい、深夜に伊豆半島縦断です。楽しかったなぁ。  大阪まで帰る途中の高速道路のサービスエリアで見かけた人でした。まだ静岡県内だったと記憶しています。ラーメンを食べ終えて車に戻り、エンジンをかけた時でした。  駐車場で見かけたその人は、車椅子でした。颯爽と運転席に乗り込んで車椅子を車内に積み込んでいました。ご家族がいたように記憶していますが、その動作はひとりで颯爽と。私には、その人がすごくかっこよく見えました。  もうおわかりだと思います。すれ違ってもいないし話をしてもいないその人が、増井真也のモデルです。その時はただただすごい、かっこいいと思っていただけにすぎませんが、ずっと頭の中に残っていました。  当時は、物語を書くということを模索し始めた頃でした。だから「年下の兄」の構想は頭にありながら、実際には書き始めてはいませんでした。小説を書いてみたいと思いつつも、どうしていいかわからなかった頃です。  それから一年後くらいだったかな。「年下の兄」を書き始めて増井香織というキャラクターを生み出してその背景を探った時、ああ彼女の夫はあの時お見かけした彼なのだと腑に落ちました。だから私にとってはかけがえのない出会いであったと、今でも感謝しています。  ……こうしてさらけ出してみると、あまりに一方的で気持ち悪いですね。 (2021.05.21) *その時食べたラーメン。もう一度食べたいなぁ。2f5bce87-d1fe-4033-96d6-9d245e26dc48
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