深海

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深海

 腹が減っている。最後に食事をしたのはいつだったろうか? 自分がどこを向いているのかもわからない暗黒の中で泳ぎ続けたため、ほの青く染まった場所は目に焼き付くほど新鮮で美しく感じる。  水圧で押しつぶされそうなあの暗闇に比べ、ここでは体が軽く開放的だ。そのぶん天敵も多く気は抜けないが、みずみずしい魚たちも私のすぐそばを泳いでいる。  私の故郷である暗闇ではどの生物もあまり美味しくはなく、私を含めトゲトゲしいものばかりだ。一方、闇から抜け出したここでは一口大の小魚でも暗闇とは段違いに脂ののった食料があちこち泳いでいる。  ふと私の視界に魚群が映り込む。小さな魚の群れなのだろう。きらきらと光を反射して私の視界の左から右へと泳いでいく。  私は魚群に気づかれないうちに尾ひれで海水をうって距離を詰める。光る魚群の斜め後方から近付いた私は、大きく口を開く前に身を翻した。ほとんど反射的な行動だった。背後すれすれで海水がかき乱された。  振り返ることもせず私は全速力で真下の岩陰に逃げ込んだ。  先ほどまで自分が居た場所には細長い触手を弄ぶクラゲが居た。クラゲは苛立たし気に踵を返して去って行く。  私の心臓はクラゲが去って行った後もせわしなく鼓動している。  てっきり魚群だと思っていた光ものはクラゲの触手だった。光る触手だ。それが海流にゆらめき魚が泳いでいるように見えたのだ。  余力を終結させて突進したというのに、無駄足になってしまった。筋力も無く、体力も乏しい私にとっては大きな失態だ。  私は重だるくなってきた体に鞭を打ち、周囲を見渡した。辺りには、暗闇の中から伸びてきた岩壁が光の方向へ向かってずっと続いている。  ある岩壁に白い生物がへばりついているのを発見した。あまり出くわしたくない存在だ。かつて私と同じように餌を求めてやってきた友人が、白く巨大な生物に襲われ命からがら逃げ伸びたときの話をしてくれた。  友人はその生物を白い悪魔だと言って恐れている。なんでも気が付いた時には目の前に居て、触手を広げているのだとか。私は白い悪魔を実際に見たことは無かったが、友人の様子から脅威であることは認知していた。  その悪魔に近づく魚が居た。悪魔に比べればとても小さく、触手一本で捕まえられてしまいそうな大きさだ。あろうことか小さな魚は白い悪魔の触手間近まで近づきつついている。  食べられるものかどうかを推し量っているのだろう。やがて小魚は悪魔を食べることはできないと理解し、静かに側を離れて行く。
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