始まり

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始まり

「なぁ、話さなきゃいけないことがある」  そう言われた瞬間、私の心臓がドキッと高鳴った気がした。  話を切り出したのは私の彼氏である蓮夜(れんや)だ。 「急にどうしたの?」  私は気になって聞き返した。 「伝えなきゃいけないことがあるんだ。俺たちにとって、とっても大切なことだと思うから」  今日は三月一日、私たちの卒業式(そつぎょうしき)だ。  そして――私、後藤知華(ごとうちか)の誕生日でもある。  それなら伝えたいことがあるって言えば、いろいろあると思うけど……さっきお祝いさせたばかりだしなぁ。  私、後藤知華。私立緑ヶ丘高校の三年生。  私は去年の自分の誕生日であるこの日に、今ここにいる高橋蓮夜(たかはしれんや)に告白した。  その場で蓮夜と付き合うことになったときはすごく、すごくすごく嬉しくて舞い上がった。  奇跡的に付き合い始めた二人だけど、別れも近いかもしれない。  私たちは別々の大学で別々の道を歩む。  蓮夜は誰もが絶対に知っている一流大学に。  そして私はごく普通の大学で英語を専攻する予定だ。  そうすれば会う回数も少なくなって、自然消滅もなくはない。  そんなこと不吉なことが日に日に頭をよぎる。  その中、今蓮夜が柔らかな笑みを浮かべていた。  でも、その笑顔はすぐに消えて悲しそうな表情になる。 「実は……俺、不治の病にかかったんだ。」  蓮夜の声が震える。  ――えっ、不治の病? 「大丈夫なの? 蓮夜は」  私はおそるおそる聞いてみる。 「不治の病だからその名の通り治らなくて、余命は長くて一か月だって……」  ぞっと背中に悪寒が走った。 「なんでそんな大変ことを私に言わなかったの?」  私は蓮夜に問い詰める。 「ごめん、直前まで体調不良は続いたけど病気に気づいたのはつい最近で……」 「そっか……」  でももう一か月しか会えない。  そう考えると心にぽっかりと穴が開いたようだ。 「それでな、俺からのお願いがあるんだ」  さっきまでとは一変して、蓮夜が真剣な表情を作った。 「残りの一か月、俺のそばにいてほしい。残りの一か月を俺は知華と一緒に過ごしたい」  そっか、蓮夜は残りの一か月を大切にしたいんだね。  すっと顔立ちがよく、墨のように透明感のある黒い目、水にぬれたかのようにストレートな髪の毛。  できればずっとこの顔を見ていたい。  でも、蓮夜の命はそう長くないのはわかってる。  残りの一か月だもの、私も蓮夜に寄り添いたい。 「いいよ、残りの一か月一緒に過ごそう。今までにないような楽しい一か月を過ごそう」  そのとき、悲しい気持ちを洗ってくれるかのようにざぁっと春風が吹いたのだった。      
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