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冬樹と清貴と秋人は、その注射器を目を落とす。
液体が入っていたと思われる注射器の中は空だった。
清貴は、もしや、という顔で、薔子と使用人を見やる。
「チェストの上の果物は、いつも置いてあるのでしょうか?」
はい、と使用人が頷いた。
「奥様も百合子お嬢様も果物がとてもお好きなので、切らさないようにしております」
「華子さんには、苦手な果物がありましたか?」
その問いに、使用人と薔子は顔を見合わせた。
「……苦手というか、母は梨を食べません」
薔子に続き、使用人も、はい、と頷く。
「奥様は元々、梨はお好きなんですが、食べると喉がイガイガしてしまうと仰って……」
「そのことは、家の誰もが知っていることでしたか?」
さらに問うた清貴に、薔子は、たぶん、と答えた。
「果物の話になると、『梨の味は好きなのに喉がイガイガしてしまうから食べられない。残念だ』と、よく言っていたので」
そうですか、と清貴は皿の上の梨を手に取る。
黒ずんだ梨を見て、使用人は眉根を寄せた。
「あら、その梨、昨夜用意したときは、あんなに瑞々しかったのに、どうして一晩で腐ってしまったのかしら?」
「それは、簡単な話ですよ」
と、清貴は、梨に針で刺したような穴があるのを見付けて、皆に見せる。
「その注射器で、毒薬を注入したからでしょう」
「――っ」
皆は目を見開いて、絶句した。
「……ってことはなんだよ?」
「犯人は早朝この部屋に侵入し、梨に毒物を注入した。その時、バスルームから華子夫人が出て来たわけです。犯人は驚きながらも、近付いてくる華子夫人の頭をバイオリンで殴りつけて逃走した――」
清貴の言葉を聞き、つまり、と秋人と冬樹は目を光らせる。
「犯人は華子さんじゃなくて、百合子さんの命を狙っていたわけだな」
そうか! と冬樹は拳を握った。
「犯人はたまたま、華子夫人に見付かってしまった。致し方なく及んだ犯行というわけだ。とりあえず、靴を見付けなくては! 皆、捜索を急げ」
冬樹は部屋にいた警察官たちを見て声を上げる。
皆は、はっ! と敬礼のポーズを取って、駆け出した。
「犯人はとことん百合子さんを狙ってるっつーわけだな」
「ああ、そうなると、絞りやすい」
うんうん、と頷く冬樹と秋人を見ながら、清貴だけは解せないような顔をしている。
その視線は、床に転がっているバイオリンに注がれていた。
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