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はっ? と菊男は目を見開く。
「足跡が一致って。さっきも言った通り、それは別にオーダーメイドでもなんでもない靴だ。シンデレラでもあるまいし、世界に一つってわけじゃないだろ」
ムキになって言う菊男に、上手いことを言う、と清貴は頬を緩ませた。
「言い分はごもっともです」
「そうだろ。犯人が同じメーカーの靴を履いていて、だから足跡が一緒だったって可能性もあるはずだ」
「ところで、菊男さん」
「なんだ?」
「『塩化第二水銀』をご存じですか?」
「塩化……? いや、なんだ?」
化学は得意じゃなくて、と菊男は苦笑する。
「梨に混入されていた毒物の名前です。致死量を大きく上回るほど注入されていたとか。あの梨を一口食べただけで、即死ですね」
菊男は顔をこわばらせる。
清貴は右の靴の外側の染みを指した。
「同じ毒物『塩化第二水銀』がこの部分に残されていました。そして靴の裏には天花粉。犯人も同じメーカーの靴を履いていた可能性があるのではないか、というあなたの言い分は分かりますが、犯人が犯行時に履いていたのは、あなたのこの靴で間違いありません。犯人は、この靴を履いて犯行に及んだのでしょう」
菊男はさらに目を剥いた。
「あらためて伺いますが、この靴はどこに置いてましたか?」
「どこ……って、捨ててなかったなら、普通に玄関の靴棚の奥だろう」
大人たちが話をしている間も、子どもたちのチャンバラごっこは続いている。
わーわー、と騒ぐ子どもの声に苛立ったのか、「うるさいぞ、お前ら! 正子、静かにさせろ!」と菊男は声を張り上げた。
正子は「は、はい」と体をびくっとさせて、
「菊正、菊次郎、もう少しで江田先生が来るから、庭のガゼボで待ちましょう」
と子どもたちに外に出るよう諭す。
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