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「はい。母は、菊男を産んだのを最後に父との寝室を分けました。
祖父はというと、菊男の誕生を泣いて喜んだという話です。祖父は菊男の成長を何よりも楽しみにしていたんですが、菊男が小学校に入学する前には、他界してしまいました」
ふむ、と清貴は、応接室の外に目を向けた。
「かつて、この家の玄関ホールに大きな絵が飾られていたようですが、今は外されていますよね? それは、あなたのお祖父様、花屋敷一郎の肖像画だったのではないですか?」
薔子は、こくりと頷く。
「祖父が亡くなると、母はすぐに肖像画を取り外させて、庭で燃やしたんです。それはもう、躊躇もせずに」
闇が深いな、と秋人は顔をしかめる。
「華子夫人は、ご自身の父親を憎んでいたんですね……」
「そうだと思います。結婚も離婚も再婚も祖父に強いられたことだったようですし」
「花屋敷一郎が亡くなって、華子夫人は自由になったわけです。彼女は、義春さんと離縁することを考えなかったのでしょうか? 不本意な結婚だったんですよね?」
そうですね、と薔子は俯く。
「……父は、母が大切にしている百合子姉さんにとても優しかったですし、基本的に害がない人なので追い出すようなことをしなかったのでしょう。離婚しても、世間がうるさくなるだけですし、仮面夫婦でいた方が楽だったのではないかと……」
仮面夫婦……と清貴は洩らして腕を組む。
「そんな夫が失踪して、華子夫人は騒ぎ立てた。自殺と分かると、研究室に鍵を掛けて、誰も入らないようにした。何か奇妙だとは思いませんか?」
ええ、と薔子は頷く。
「ですが、母はいつもよく分からない人なんです」
その言葉には、実感が籠っている。
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