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「はい。お義父様は、小説家の江田先生のファンだったそうで。たまたま家の前で江田先生と出会ったのがキッカケだったとか」
「――家の前で?」
「たまたまというわけでもないようなんですが、江田先生は、花屋敷家の建物が好きで、何度も見にきていたそうなんです。お義父様はその様子を研究室の窓から見ていて、もしや泥棒の下見かもしれない、と確認しに行ったら、雑誌で見た作家さんだったと」
話を聞き清貴は、へぇ、と洩らす。
「そうした事情があったんですね。そこから、どうして家庭教師の話に?」
「江田先生が京大の学生で、家庭教師もやっていると知って、お義父様が持ち掛けたようです。お義父様は、私が菊正のことで悩んでいたのを知っていたので……」
と正子は、はにかむ。
「正子さんは、義春さんと親しくしていたんですか?」
「そうですね。お義父様も私も、同じ『花屋敷家のよそ者』なので気にかけてくれていました」
「そうでしたか。話を聞くと義春さんは、この家で身の置き場がなかったとか」
ストレートに問うた清貴に、正子は遠慮がちに頷く。
「お義母様とは寝室も別でしたし、何かあったらいつもなじられていました。お義父様はいつも我慢をされていて……あまりに溜め込むと、腕に湿疹が出るんですよ。痒い痒いといって、よく皮膚にクリームを塗っていて……お可哀相でした」
正子の瞳には、同族を憐れむ憂いを帯びた色があった。
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