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「そういえば、薔子さんから伺ったのですが、義春さんは失踪前、『楽しみを見付けた』とイキイキしていたという話なのですが、正子さんは何かご存じありませんか?」
「イキイキ……?」
正子は記憶を探るように、眉間に力を入れている。
ややあって、もしかしたら、と洩らした。
「江田先生に、小説の書き方を教えてもらうことにした、と話していたことがあります。それのことでしょうか?」
「小説を?」
清貴は、ぱちりと目を見開く。
「その後、お義父様に『小説は書けていますか?』と訊いたら、『なかなか難しいものですね』と話していたんですが……」
「小説ですか……」
緩やかに上がった清貴の口角を見て、秋人は目を光らせた。
「ホームズ、何か分かったのか?」
今のところは何も、と清貴は秋人を軽くいなして、正子に視線を移す。
「ちなみに正子さんと菊男さんとは、どのような出会いでご結婚を?」
出会いだなんて、と正子は自嘲気味に笑う。
「今どきの若い人の間で流行りはじめているような『恋愛結婚』ではありません。見合いで結婚しました。私の家は、すっかり没落していますが、元華族でして夫はそうした血筋に惹かれたと言ってくれました。夫も最初は優しかったんですよ」
結婚当初を思い浮かべているのか、正子は遠くを眺めるような目を見せている。
「菊男さんは、あなたに当たりが強かったようですが、暴力を受けたことは?」
ぴくりと正子の肩が震えた。
「夫が私をぶつ時は、私が悪いんです……」
まるで自分に言い聞かせるかのように嘯いて、正子は目を伏せる。
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