第一章 それぞれの歩みと心の裏側

6/40
前へ
/233ページ
次へ
「葵さん、そろそろ休憩にしましょうか。コーヒーを淹れますよ」  ホームズさんが、棚から大事そうに陶器のマグカップを取り出す。  深い藍色がなかなか綺麗だがその形は歪であり、どこから見ても素人が作った――そう、私が作ったものだ。彼はわざわざ、このマグカップを持ち歩いていた。 「ホームズさん、本当にそれを愛用してくれているんですね」  私は額に手を当てる。 「もちろんです。葵さんが初めて作った陶器ですよ」  ホームズさんは強い口調で言う。  それは、ニューヨークから帰国してすぐのこと。  大学の『陶芸サークル』に体験で参加してみようと、親友の宮下香織に誘われた。  なんでも、窯元の息子さんが部長を務めている、という話だったのだ。  それは、今から約二週間のこと。 *  放課後。  半分だけ開いている学校の窓から、心地よい秋風が流れてきていた。  教室では十名ほどの学生が、陶芸を体験している。 『うーん……』  私は、ろくろ台を前に、顔をしかめていた。  こうして唸ったのは、もう何度目だろう。  隣に座る香織が怪訝そうに横目で見る。 『なんやねん、葵。さっきから唸ってばかりで』 『なんだか、全然思うようにいかないなって。陶芸って難しいね』  私は、ふぅ、と息をついて、ろくろを止めた。 『そら、そうや』と、香織は笑う。  私たちは今、大学の『陶芸サークル』に参加している。  以前ホームズさんが、小松さんの事務所で気軽に使えるマグカップが欲しい、と話していたので、もし上手くできたら贈りたいと思っていたのだけど、やはり簡単ではない。 『やり直そう』  私は粘土を崩し、もう一度最初から作り直すことにした。
/233ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5440人が本棚に入れています
本棚に追加