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「僕は一応、芥川龍之介に憧れていたのもあって、純文学作品を書いているんです。義春さんは、江戸川乱歩のようなミステリー小説を書きたいといっていましてね」
ミステリー小説……と、清貴は顎に手を当てる。
「ええ、義春さんは『すごくいいアイデアを思い付いたから、どうやったら上手く書けるのか教えてほしい』と仰いましてね。でも、僕は畑違いのものを書いているうえ、新人です。教える自信がなくて、付き合いのある出版社の編集者を紹介したんですよ。編集者は『花屋敷家の当主が書いたものなら、注目を集めるに違いない』と喜んで協力してくれました」
「ですが、結局、その小説は書き上がらなかったんですね?」
いえ、と江田は首を振る。
「書き上げられた、と言っていましたよ」
おや、と清貴は意外そうな声を上げる。
「それでも刊行には至らなかったということは、やはり出版物としては難しかったということでしょうか?」
「それが、そもそも、編集者に渡していなかったようです」
「どうしてですか?」
さあ……、と江田は首を捻る。
「義春さんは、完璧主義なので、思ったような出来にならなかったのかな、と思っていました。あと、義春さんにとっては処女作になるわけですから、思い入れも強くなる。そうなると、『この作品を否定されたらどうしよう』と不安になってくるんですよ」
清貴は、へぇ、と洩らした。
「そういうものなんですね。僕は、小説というものを書いたことがないので、よく分からないのですが……」
そういうものですよ、と江田は笑う。
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