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『葵が陶芸はやっぱり難しいって唸ってたとこで』
春彦さんは、私の方を向いて納得した様子で頷く。
『そっか、葵さんは、いつも「蔵」の名品を観ているから、余計にそう思うのかもしれないね』
そうかもしれません、と私は肩をすくめる。
常日頃、国宝級の作品を観ている私は、目だけが肥えてしまっている。
自分は素人で、上手くできないのは当たり前だというのも分かっている。香織の作品を観ると、味があって良いと思える。それなのに、どうしてなのか自分の作品の拙さに耐えられない。
『ほんまや。もし、いきなり「蔵」にあるような茶碗を作れたら、葵は人間国宝や』
『たしかにね』
香織と春彦さんは、ぷっと笑う。
笑い合う二人を前に、私も頬を緩ませる。
私がニューヨークに留学しているわずかな間に、香織と春彦さんは急速に親しくなっていた。
たまたま、失恋して落ち込んでいる春彦さんを見かけたことがキッカケだったそうだ。
その際に、ポケットティッシュを渡したところ、後日、春彦さんは、律義に新品のポケットティッシュを持ってお礼を言いに来たそうで、交流するようになったという話だ。
ここにいるのは、香織から、『春彦さんの友達が、陶芸サークルの部長なんやって。「体験に来て」て言うてたから、一緒に参加しぃひん?』と誘われたためだ。
『納得いくものを作るといいよ。時間はまだあるはずだし』
と、春彦さんはポケットからスマホを出して、時間を確認した。
教室の壁に時計があるというのに、スマホで時間を確認するのが、きっと癖になっているのだろう。
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