第五幕 そしてすべてが明らかに

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「義春さんの概要には、どこで毒物を注入するかまで書いていなかった。菊正君はわざわざ寝室に注射器を持って行ったわけです。バニラの香りがする軟膏も小説のクライマックスで犯人を特定する手掛かりの一つであり、つけていかなくても良かったんです。ですが、菊正君は忠実に再現をした。彼の身長では棚の一番上の軟膏を取るのに苦労したようで、一段下の棚に指の跡がついていました」  その言葉を聞き、秋人は「あの跡はそれだったんだな」と目を見開いていた。 「また、その時、百合子さんは菊正君の肌に触れていますね。これは、概要には書いていないので、想定外のことだったようですが」  蘭子は、はっ、と口に手を当てた。 「菊正の肌もすべすべしているものね」 「ええ、そうです。それにその時、百合子さんは立ち上がった状態で、手をほぼ目の前に垂直に伸ばしました。その手が侵入者である菊正君の頬に触れたわけです。そのことを知った時、秋人さんが『どうしてそんなところに犯人の顔があるんだ?』と言っていましたが、その疑問こそ確信です。菊正君の身長は百合子さんより低い、百四十センチくらい。まだ幼い菊正君だったからこそ、そんなところに顔があったわけです」 「――あ、そういうことか。俺、いい線、行ってたじゃん」  と秋人は拳を握り締めた。 「おそらく衣服も粉だらけになったはずです。それを誤魔化すために、その後、服を泥だらけにした可能性がありますが、菊正君が服を汚すのは珍しいことではなく、使用人も何ら疑問に思わなかったのでしょう。また、菊正君がお父様の大きな靴を履いていたので、つま先の足跡が強く残っていて、踵がすり減っているように感じたわけです」  清貴はそこまで言って、一拍置いて続けた。
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