第一章 それぞれの歩みと心の裏側

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『できあがったものは、前に持ってきてください。名前を書いた紙も忘れずに』  と、部長が声を上げた。  成形した作品は、ここで一週間ほど乾かしたのち、部長が回収して持ち帰って、家の窯で焼成してくれるのだ。  素焼きしたものに絵や色をつけて、釉薬をかけて、本焼成をする。  そうして完成したマグカップは、素人作品だが、綺麗な色も出て、初めてにしては上出来だった。  だが、ホームズさんにプレゼントできるような代物ではない。  マグカップの写真をホームズさんに送って、『私の初作品です。上手くできたらホームズさんに贈りたいと思っていましたが、見ての通りの出来なので、自分で愛用しようと思ってます』とメッセージで伝えたところ、なんとしてもそのマグカップが欲しい、とホームズさんに懇願された。 『いえいえ、お渡しできるようなものでは……』  と、一度は断ったのだが、ホームズさんは一歩も引かず、私は根負けしてマグカップを彼に渡したというわけだ。        * 「……ホームズさんが、そのマグカップを使うたびに、私は申し訳ない気持ちになります」  私は給湯室に入って手を洗い、コーヒーをドリップしているホームズさんに視線を送る。  彼は、何をおっしゃいますか、と微笑んでマグカップにコーヒーを注いだ。 「僕にとっては、人間国宝が作ったマグカップよりも価値があるものですよ」  なぜ、そんな言葉が出てきたかというと、ちょうど人間国宝のマグカップを前にしていたからだろう。
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