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彼の前には二客のマグカップがある。ひとつは、私が作ったマグカップ。 もうひとつは、人間国宝が作ったものだ。
現代に活躍する陶芸家、井上萬二が手掛けたマグカップで、白磁に翡翠色の文様が描かれていて滑らかな美しいラインが特徴だった。
「……人間国宝に怒られますよ」
苦笑する私を見て、ホームズさんは愉しげな様子でマグカップをカウンターへと運ぶ。
私も一緒に給湯室を出て、彼の隣に立った。
「このカップは、あなたにとって初の作品であり、その上、上手くできたら渡したいと僕のために作ってくれたものです。その価値は他の人にはどうあれ、僕にとって計り知れないということですよ」
私は気恥ずかしさから、身を縮ませる。
「価値観は人それぞれ、ということですね」
そういうことです、とホームズさんは頷いて、マグカップを手にする。
「……創作って、時にそういう面がありますよね」
私は、ふぅ、と息をついて、コーヒーを口に運んだ。
ふと、ニューヨークの美術館で観てきた作品を思い浮かべる。
圧倒されて息を呑んだ作品も数多くあったが、同じくらい『よく分からない』と首を捻ったものにも出会った。そんな作品を前に同じサリー・バリモアの特待生のアフリカ系アメリカ人のクロエは、うっとりしながら『素敵』と洩らしていたので、やはり価値観は人それぞれなのだろう。
「何かございましたか?」
「今回の渡米で、何度も抽象画を観たんですが、私には価値が分からない作品も多くて。私に観る目やセンスがないだけかもしれませんが……」
私が肩をすくめると、ホームズさんは、ふむ、と手を伸ばして、本棚から美術本を取り出した。
「葵さん、この作品はご存じですか?」
ホームズさんは、カウンターの上にページを開いて美術本を置いた。
そこに載っていたのは、紙に六本の切れ目が入っている作品だった。
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