第一章 それぞれの歩みと心の裏側

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「たとえば僕が、『宇宙』を描こうとしたとします。一言で『宇宙』と言っても、人それぞれ考える『宇宙』は違っていますよね。僕の心に映し出される『宇宙』は、僕だけのものです」  ええ、と私は相槌をうつ。 「僕は『宇宙』を『僕の中にある思考であり心』と捉えたとします。 僕の隣にはあなたがいて、とても幸せな気持ちです。僕は自分の中のこのバラ色の宇宙を表現しようと、カンヴァスいっぱいにピンクの絵の具を塗った一枚に仕上げました。  パッと見はピンク一色のカンヴァスです。『こんなの誰にだってできる』と嗤う人もいるでしょう。一方で、『この作品は恋をした若い男が宇宙を表現した作品』なわけで、それにいくらの値を付けるかは、人それぞれの価値観ということです」  はーっ、と私は息を吐き出す。  もし、ホームズさんが本当にそういう作品を創ったら、上田さんあたりが『恋真っ盛りの清貴が表現した宇宙の絵か』と面白がって買いそうな気がする。  私自身も、ホームズさんが私への想いを込めてカンヴァスいっぱいにピンク色を塗ってくれたなら、きっと欲しくなるだろう。  だけど、ホームズさんを知らない人には、価値を感じられないのだ。  一見、誰にでも描けるように見えたり、子どもが自由気ままに描いた作品のように思えても、その作品にどんな意味があり、どんな想いや哲学が込められているか、それにどれだけの価値を感じるか、なのだろう。 「少し分かった気がします。……抽象画って深いですね」 「そうは言っても、描いた者が深いのか、受け取る側が深いのか、いまいち分からない時もあるのですがね」  そう言ったホームズさんに、私は思わず笑ってしまう。 「まぁ、そういうところも含めて、芸術の面白さであり、魅力なんですが……」  そんなわけで、とホームズさんは、私が作ったマグカップを包むように持って、視線を落とす。 「価値は人それぞれに違って当たり前で、僕にとって、あなたが作ってくれたこのマグカップは唯一無二の作品なんですよ」 「ありがとうございます。そう言っていただいて嬉しいです」  でも、やはりむず痒く、私は俯いて、マグカップに目を落とした。
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