第一章 それぞれの歩みと心の裏側

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「そうですね。この世界においては、時に鑑定士の言葉が『正解』になってしまうので、それが怖さでもありますね」  私は身が引き締まる思いで、口をきゅっと結ぶ。 「また、芸術作品というのは良くも悪くも、富裕層の価値観に引っ張られがちでもありますしね。長い間、子どもの落書きでしかないと嗤われていた作品でも、ある富豪の心の琴線に触れて、高額な値が付けられたとします。それは、その富豪だけの奇妙な価値観だったとしても、たちまち世間が認める画家になってしまう」  ああ、と私は苦笑する。 「それも往々にしてありますよね。お金持ちが認めると、世間も右へ倣えになってしまうというか……。思えば、円生さんが描いた『蘆屋大成』作品もそうですね」  円生の作品は、世界的富豪、ジウ・ジーフェイ(景志飛)の目に留まり、陽の目を見たのだ。 「とはいえ、先ほども言ったように価値観は人それぞれです。どんなかたちであれ、クリエイターが注目されるのは良いことですし、特に円生は、誰もが認める素晴らしい才能を持っていますから、ジウ氏との縁を結べたのは、本当に良かったと思っています」  それは私も同感で、強く首を縦に振った。  以前、円生から届いた蘇州の絵は、今も『蔵』の中華古美術コーナーの壁に飾られている。  初めて観た時の感動は、今も忘れられないし、観るたびに良い絵だとしみじみ思う。 「円生さんといえば、もう小松さんの事務所に引っ越しをしたんですか?」  彼は柳原先生の家を出て、小松探偵事務所の二階を間借りするという話だ。 「はい、とっくに。荷物も少なくて、楽な引っ越しだったようですよ」  彼の荷物が少ないというのは、なんとなく想像がついた。
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