第一章 それぞれの歩みと心の裏側

16/40
前へ
/233ページ
次へ
「『夜の豫園』は、いつ円生さんのところに戻ってくるんですか?」 「展覧会は、十月いっぱいだそうで、それが終わったらすぐに、と聞いています」 「その絵は、とりあえず『蔵』に飾らせてもらえるんですよね?」  彼曰く『飾るところもあらへんし』とのことだ。 「ええ、実はそれについて、ちょっとしたことを思いつきまして」  ホームズさんは、いたずらっぽく笑って人差し指を立てる。  彼がこんな表情をするというのは、何か素敵なことを思いついたのだろう。 「なんですか?」 「あの絵が戻ってきたら、家頭邸の一階で円生作品の展覧会をしたいと思ったんです。『夜の豫園』をはじめ、高宮さんが所持している蘆屋大成作品も併せて」  私は、わあ、と胸の前で手を合わせた。 「それ、すごくいいと思います」  家頭誠司邸は、哲学の道の近くにある石造りの洋館だ。  一階は家頭家の美術品展示置き場となっていて、ホームズさんはいつか家頭邸を美術館にしたいと考えている。  円生の展覧会が実現したら、その第一歩になるだろう。 「もし、そうなったら、お手伝いをお願いできますか?」 「もちろんです。ぜひ」 「とはいえ、まだ円生自身に提案もしていない状態なんですが……」 「えっ、そうだったんですか」 「頼み方を間違えると、断られそうで……」  そうかもですね、と私は頬を引きつらせる。 「そうだ。円生への提案と説得も手伝ってもらって良いですか?」 「私が、ですか?」 「ええ、僕一人よりもあなたがいてくれた方が、引き受けてくれそうです。僕たちは水と油なので」  まさに、と私は苦い表情で頷く。  元々、二人は犬猿の仲なのだ。  一歩間違えると、互いに臍を曲げてしまうだろう。 「分かりました。お手伝いさせてください」 「よろしくお願いします」 「なんだか、プレッシャーです」  私が胸に手を当てると、ホームズさんは、いえいえ、と首を振る。 「もし、あなたがいても説得できなければ、僕だけでは到底無理なはずなので、その企画との縁はなかったということですよ」  そう言ってもらえると、少し気が楽になる。 「そういえば、円生さん、絵は描いているのでしょうか?」 「それが、まだ描いていないようですね。柳原先生の家にいた時は、時間を見付けては、何かしら描いていたようですが……」  引っ越したばかりで、落ち着かないのかもしれない。  私はホームズさんとそんな話をしながら、家頭邸で開かれる展覧会を思い浮かべた。  ――できることなら、この企画を実現したい。
/233ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5440人が本棚に入れています
本棚に追加