5440人が本棚に入れています
本棚に追加
「『夜の豫園』は、いつ円生さんのところに戻ってくるんですか?」
「展覧会は、十月いっぱいだそうで、それが終わったらすぐに、と聞いています」
「その絵は、とりあえず『蔵』に飾らせてもらえるんですよね?」
彼曰く『飾るところもあらへんし』とのことだ。
「ええ、実はそれについて、ちょっとしたことを思いつきまして」
ホームズさんは、いたずらっぽく笑って人差し指を立てる。
彼がこんな表情をするというのは、何か素敵なことを思いついたのだろう。
「なんですか?」
「あの絵が戻ってきたら、家頭邸の一階で円生作品の展覧会をしたいと思ったんです。『夜の豫園』をはじめ、高宮さんが所持している蘆屋大成作品も併せて」
私は、わあ、と胸の前で手を合わせた。
「それ、すごくいいと思います」
家頭誠司邸は、哲学の道の近くにある石造りの洋館だ。
一階は家頭家の美術品展示置き場となっていて、ホームズさんはいつか家頭邸を美術館にしたいと考えている。
円生の展覧会が実現したら、その第一歩になるだろう。
「もし、そうなったら、お手伝いをお願いできますか?」
「もちろんです。ぜひ」
「とはいえ、まだ円生自身に提案もしていない状態なんですが……」
「えっ、そうだったんですか」
「頼み方を間違えると、断られそうで……」
そうかもですね、と私は頬を引きつらせる。
「そうだ。円生への提案と説得も手伝ってもらって良いですか?」
「私が、ですか?」
「ええ、僕一人よりもあなたがいてくれた方が、引き受けてくれそうです。僕たちは水と油なので」
まさに、と私は苦い表情で頷く。
元々、二人は犬猿の仲なのだ。
一歩間違えると、互いに臍を曲げてしまうだろう。
「分かりました。お手伝いさせてください」
「よろしくお願いします」
「なんだか、プレッシャーです」
私が胸に手を当てると、ホームズさんは、いえいえ、と首を振る。
「もし、あなたがいても説得できなければ、僕だけでは到底無理なはずなので、その企画との縁はなかったということですよ」
そう言ってもらえると、少し気が楽になる。
「そういえば、円生さん、絵は描いているのでしょうか?」
「それが、まだ描いていないようですね。柳原先生の家にいた時は、時間を見付けては、何かしら描いていたようですが……」
引っ越したばかりで、落ち着かないのかもしれない。
私はホームズさんとそんな話をしながら、家頭邸で開かれる展覧会を思い浮かべた。
――できることなら、この企画を実現したい。
最初のコメントを投稿しよう!