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「――って、お前ら、どうして、今もここにいるんだよ⁉」
「どうしてと言いますと?」
清貴は小首を傾げ、円生は何も言わずに頬杖をつく。
今日は、上海から戻った最初の就業日だ。
てっきり、清貴も円生もここには来ていないだろうと小松は踏んでいた。
だが、二人は当たり前のようにここにいて、以前と変わらず、いつものように談笑している。
清貴は、そう言われましても、と肩をすくめた。
「僕は、まだ、ここでの修業期間が終わっていませんし」
上海で過ごした時間が濃すぎて、うんと時間が経った感覚がしていた。
「あ、そうか。あんちゃんは、まだ来たばかりだもんな」
「ご迷惑でしたか?」
「いやいや、驚いただけで嬉しいんだ。そもそも、あんちゃんは上海でのパーティの後、ニューヨークに行ったから、しばらく帰ってこないと思ってたんだよ」
話しながら小松は、『今夜の最終便でニューヨークに行きます』と言って上海楼のホールを出て行った清貴の後ろ姿を思い浮かべる。
円生が、ほんまや、と頷いた。
「ほとんど、とんぼ返りなんちゃう?」
「そうですね。滞在は一日くらいでしょうか」
さらりと答えた清貴に、小松は、はっ? と目を丸くした。
「たった一日で帰って来たのか?」
「ええ、葵さんを迎えに行くのが目的でしたので」
「たった一日のためにニューヨーク往復って……」
「どんだけセレブやねん。ほんま信じられへん」
「まぁ、貯めていたマイルを使いきれましたし、何よりたった一日ですが、本当に素晴らしい時間を過ごせましたので、行って良かったと心から思っております」
清貴は、胸に手を当てて、しみじみと言う。
小松と円生は、うんざりしながら、へえへえ、と相槌をうつ。
「それはそうと、円生だよ。俺はお前こそ、もうここには来ないかと」
と、小松は円生に視線を移す。
上海で、鑑定士になるのは無理だと悟り、ひと時姿をくらました円生だったが、その後、画家としての腕が認められ、絵の道へ進む決意をしたのだ。
「円生はもう、柳原先生の弟子じゃなくなったんだろう? ということは、あんちゃんの許にいる必要はないんだよな?」
円生は、せやねん、と頷いて、立ちあがる。
その真面目な眼差しを前に、小松はたじろいだ。
もしかしたら、円生は『お世話になりました』と挨拶に来たのかもしれない。
なかなか、義理堅い男じゃないか。
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