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「なんだか、気を遣わせてしまったみたいだね」
申し訳ない、と喜助さんは、カウンター前の椅子に腰を下ろす。
「お気になさらず。今日舞台は?」
「昨日が千秋楽でね」
「そうでしたか」
ホームズさんは、丁寧にお茶を淹れると、小さなおかきとあられをそえて、喜助さんの前に置いた。
「これ、もしかして、『船はしや』の?」
「ええ、前におかきがお好きだと仰っていたので」
「嬉しいなぁ」
閉店作業をすませた私はカウンターの中に入り、ホームズさんの隣に立った。
喜助さんは、ほくほくした様子でおかきを口に運んでいる。
パッと見は、以前と変わらないようだけど、近くで見ると少しやつれている。
昨日が千秋楽だと言っていたから、疲れているのかもしれない。
「今回の舞台はたしか、『源氏物語』でしたね。僕も観に行きたいと思っていたんですが、チケット、すぐに完売してしまいましたね」
そう問うたホームズさんに、喜助さんは、あはは、と笑う。
「おかげさまで、あの演目は特に人気があって。でも、言ってくれたら、チケット手配したのに」
「いえいえ、スターの喜助さんに、そんな図々しいことを頼めませんよ」
「嫌だな、僕のみっともない姿を見ておいて、何を言うんだい。でも、本当に久しぶりになっちゃったよね。高校生だった葵さんが、女子大生になっていたなんて」
と、喜助さんは、私に視線を移して、目尻を下げた。
「ところで、喜助さんは、僕に何か用があったのではないですか?」
即座に訊ねたホームズさんに、喜助さんは苦笑する。
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