第一章 それぞれの歩みと心の裏側

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「なんだか、気を遣わせてしまったみたいだね」  申し訳ない、と喜助さんは、カウンター前の椅子に腰を下ろす。 「お気になさらず。今日舞台は?」 「昨日が千秋楽でね」 「そうでしたか」  ホームズさんは、丁寧にお茶を淹れると、小さなおかきとあられをそえて、喜助さんの前に置いた。 「これ、もしかして、『船はしや』の?」 「ええ、前におかきがお好きだと仰っていたので」 「嬉しいなぁ」  閉店作業をすませた私はカウンターの中に入り、ホームズさんの隣に立った。  喜助さんは、ほくほくした様子でおかきを口に運んでいる。  パッと見は、以前と変わらないようだけど、近くで見ると少しやつれている。  昨日が千秋楽だと言っていたから、疲れているのかもしれない。 「今回の舞台はたしか、『源氏物語』でしたね。僕も観に行きたいと思っていたんですが、チケット、すぐに完売してしまいましたね」  そう問うたホームズさんに、喜助さんは、あはは、と笑う。 「おかげさまで、あの演目は特に人気があって。でも、言ってくれたら、チケット手配したのに」 「いえいえ、スターの喜助さんに、そんな図々しいことを頼めませんよ」 「嫌だな、僕のみっともない姿を見ておいて、何を言うんだい。でも、本当に久しぶりになっちゃったよね。高校生だった葵さんが、女子大生になっていたなんて」  と、喜助さんは、私に視線を移して、目尻を下げた。 「ところで、喜助さんは、僕に何か用があったのではないですか?」  即座に訊ねたホームズさんに、喜助さんは苦笑する。
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