第一章 それぞれの歩みと心の裏側

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「僕たちは、自分たちの関係がなんなのか、分からなくなってきていたんだ。互いに束縛や干渉は決してしない。けど、肌だけ重ねる大人の関係というほどドライなものでもなくて、お互いの存在は大切ではある。男女というだけで、親友なのかもしれない、と思うようになってきていたんだ」 「………」  親友は、肌を重ねたりしないでしょう、と私は突っ込みたかったけれど、これもまた、人それぞれの考え方、価値観なので言葉を飲み込んだ。 「そして、僕はついに三十代になってしまって」  それには少し驚いた。  喜助さんはとても若く見える。 「周囲が『そろそろ結婚を』と言うようになってきていてね……」  ホームズさんは、ああ、と腕を組む。 「梨園ですから、『早く身を固めろ』と言われそうですね」 「そうなんだよ……後継ぎ問題もあるしねぇ」  梨園のことはよく分からないけれど、大変そうなイメージだけは伝わってきている。 「――で、僕はお見合いをしたんだ」  えっ、と私は思わず声を上げた。  すると、喜助さんは、ばつが悪そうに目を伏せる。 「葵さんのような現代を生きる若い女の子には、ピンと来ないかもしれないけど、梨園の妻は、役者の夫を立てて、決して出しゃばらず、裏方に徹するのが美徳だと考えられてる。  世間に怒られるかもしれないけど、積み重ねられた古い体質は変わらない。世間の人には分からない、どうにもできない壁のようなものがあるんだ。そんな梨園の世界は、麗さんには酷だと思うんだよ。  僕は麗さんに女優を続けてほしいと思う。もちろん女優を辞めなくてもやっていける気もするんだけど、家の者たちは引退するのを求めるだろうし、妻が目立ちすぎると、いちいちバッシングを受けてしまうんだ」  私には、特殊な世界の中のことは、分からない。  何も言えなくなって、私は目を伏せた。
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