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「僕たちは、自分たちの関係がなんなのか、分からなくなってきていたんだ。互いに束縛や干渉は決してしない。けど、肌だけ重ねる大人の関係というほどドライなものでもなくて、お互いの存在は大切ではある。男女というだけで、親友なのかもしれない、と思うようになってきていたんだ」
「………」
親友は、肌を重ねたりしないでしょう、と私は突っ込みたかったけれど、これもまた、人それぞれの考え方、価値観なので言葉を飲み込んだ。
「そして、僕はついに三十代になってしまって」
それには少し驚いた。
喜助さんはとても若く見える。
「周囲が『そろそろ結婚を』と言うようになってきていてね……」
ホームズさんは、ああ、と腕を組む。
「梨園ですから、『早く身を固めろ』と言われそうですね」
「そうなんだよ……後継ぎ問題もあるしねぇ」
梨園のことはよく分からないけれど、大変そうなイメージだけは伝わってきている。
「――で、僕はお見合いをしたんだ」
えっ、と私は思わず声を上げた。
すると、喜助さんは、ばつが悪そうに目を伏せる。
「葵さんのような現代を生きる若い女の子には、ピンと来ないかもしれないけど、梨園の妻は、役者の夫を立てて、決して出しゃばらず、裏方に徹するのが美徳だと考えられてる。
世間に怒られるかもしれないけど、積み重ねられた古い体質は変わらない。世間の人には分からない、どうにもできない壁のようなものがあるんだ。そんな梨園の世界は、麗さんには酷だと思うんだよ。
僕は麗さんに女優を続けてほしいと思う。もちろん女優を辞めなくてもやっていける気もするんだけど、家の者たちは引退するのを求めるだろうし、妻が目立ちすぎると、いちいちバッシングを受けてしまうんだ」
私には、特殊な世界の中のことは、分からない。
何も言えなくなって、私は目を伏せた。
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