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「喜助さんは、麗さんとそういった話をしたことがあるのですか?」
ホームズさんが訊ねると、喜助さんはそっと口を開く。
「……『梨園の妻って、どう思う?』と訊いたことはあるよ」
「それで、麗さんはなんて答えたんですか?」
私は思わず前のめりになって訊いてしまった。
「『梨園の妻は大変よねぇ。小姑もいっぱいだし、女優なんて絶対続けられなさそう』って笑っていて、『麗さんは、女優を続けたい?』と訊ねたら、『それはもちろんよ』と答えたんだ……」
そうなんだ、と私は下唇を噛む。
「――で、『僕がお見合いすると言ったら、どう思う?』とも聞いたんです。そうしたら、『そんなのあなたの勝手だし、あなたが決めることじゃない』と、あっけらかんと言って笑ってて」
その時の麗さんの姿が、目に浮かぶようだ。
「やっぱり、僕と麗さんの関係は、親友のようなものだったんだって、僕は見合いをすることにしたんだ。相手の女性は、慎ましくて優しくて、『梨園の妻』に相応しいと思える女性で、僕はそのまま話を進めようと思っていた」
私は煮え切らない思いで、喜助さんを見た。
「『梨園の妻に相応しい女性』なら、喜助さんは良かったんですか?」
「……父も祖父も、そうでした。僕の母や祖母はそんな女性だったんです」
そう答えた喜助さんの表情が切なく歪み、私は何も言えなくなる。
「『見合いの話を進めようと思う』と、僕は正直に麗さんに伝えたんだ。そうしたら彼女から、『おめでとう』というメッセージと一緒に、これが贈られてきて……」
喜助さんは、ジャケットの内ポケットに手を入れて、カウンターの上にあるものを置く。
それは、懐中時計だった。
「そのまま僕からの連絡に応えてくれなくなって……電話に出てくれないし、メッセージも既読になるのに、返信はないんだよ」
喜助さんは目を潤ませて、話を続ける。
「やっぱり怒っていたのかなと、いろいろ考えて眠れなくて。この懐中時計に特別な意味があったのかなって」
喜助さんがやつれていたのは、仕事疲れではなく、麗さんのことで悩んでいたせいだったようだ。
彼は、たとえ自分が結婚しても麗さんはこれまで通り側にいてくれる、と勝手に思っていたのかもしれない。
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