第一章 それぞれの歩みと心の裏側

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 ――五月待つ 花橘の香を嗅げば 昔の人の袖の香ぞする 『五月になり、花橘の香りを嗅ぐと、昔付き合っていたあの人の袖の香りがする』  そんな昔の恋を彷彿とさせる歌だ。 「これかな。でも、なんか違う気がするな」  と、喜助さんは洩らして、次の和歌を確認する。  ――誰かまた 花橘に思ひ出でむ 我も昔の人となりなば 『私が、花橘の香を嗅いで昔の人を思い出すように、私が死んだ後、私のことを誰かが思い出してくれるのだろうか』 「もしかしたらこれだったりして。『私が死んだあと、私のことを思い出してほしい』っていうことだったり……まさか、麗さんは命を絶つつもりじゃ」  そこまで言って喜助さんは顔を青くさせて、勢いよくスマホを取り出して電話を掛ける。  だが、彼女は電話に出る様子はない。 『麗さん、大丈夫?』  すぐにメッセージを送ると、それに既読が付いたようで、喜助さんは安堵した様子で、はぁ、と息を吐きだす。  ホームズさんはその間、何も言わずに喜助さんを見ていた。
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