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――五月待つ 花橘の香を嗅げば 昔の人の袖の香ぞする
『五月になり、花橘の香りを嗅ぐと、昔付き合っていたあの人の袖の香りがする』
そんな昔の恋を彷彿とさせる歌だ。
「これかな。でも、なんか違う気がするな」
と、喜助さんは洩らして、次の和歌を確認する。
――誰かまた 花橘に思ひ出でむ 我も昔の人となりなば
『私が、花橘の香を嗅いで昔の人を思い出すように、私が死んだ後、私のことを誰かが思い出してくれるのだろうか』
「もしかしたらこれだったりして。『私が死んだあと、私のことを思い出してほしい』っていうことだったり……まさか、麗さんは命を絶つつもりじゃ」
そこまで言って喜助さんは顔を青くさせて、勢いよくスマホを取り出して電話を掛ける。
だが、彼女は電話に出る様子はない。
『麗さん、大丈夫?』
すぐにメッセージを送ると、それに既読が付いたようで、喜助さんは安堵した様子で、はぁ、と息を吐きだす。
ホームズさんはその間、何も言わずに喜助さんを見ていた。
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