第一章 それぞれの歩みと心の裏側

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「和歌は、まだあるみたいだね。他にも調べてみよう」  他にも花橘を使用した和歌は多くあったが、どれもピンとは来ないようで、喜助さんは顔をしかめている。  喜助さんは、ページを指でなぞり、ある和歌のところで手を止めた。  ――君が家の 花橘は成りにけり 花なる時に逢はましものを  作者は、『遊行女婦』という。当時の芸妓のようなものだろうか。  その意味は、 『あなたの家の花橘は、すっかり実になってしまっているんですね。花の咲いているうちに、もっと早くに逢っていたかった』 「――っ」  喜助さんは言葉を詰まらせて、口に手を当てている。 〝喜助君は、すっかり身を固めてしまうのね。自由な身であるうちに、もっと 会っていたかったな〟  そんな麗さんの声が、私にも聞こえた気がした。 「……麗さん」  喜助さんは拳を握りしめて、目を瞑った。
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