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「あの、喜助さん」
彼は何も言わずに私を見つめ返す。
「喜助さんは、ちゃんと麗さんと話をしたこと、ありましたか?」
「えっ?」
「それとなく『梨園の妻って、どう思う?』といったことを訊いただけで、話し合っていないんですよね?」
「……あ、うん」
「喜助さんは、麗さんが『女優を辞められるわけがないから』って決めつけて、一度だってちゃんと話さなかったんですよね?」
そう続けると、喜助さんは大きく目を見開いた。
「いや、だって、彼女は『女優を辞めたくない』って。そもそも、彼女は女優を辞めて、梨園の妻になるような人じゃないし」
「そんなの、喜助さんが決めることじゃないです。何より、そんなんじゃ、麗さんだって、悩むことすらできないですよ!」
そりゃあ、と私は続ける。
「今の時点で、麗さんが『女優を辞めたい』なんて思うわけないですよ。でも喜助さんが本気になってくれて、真剣にプロポーズしてくれたら、そこで初めて、悩むことができるんです。二人でちゃんと向き合って、どうするのが二人にとって良いか、相談することだってできるんです。
この花橘に込めた想いは、『あなたに会えるうちに、もっと会っていたかった』。それは、『もっと話したかった。ちゃんと話し合いたかった。一緒に時を刻みたかった』ってことじゃないんですか?」
喜助さんは、大きく目を見開いた。
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